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    平成27年市民の集いポスター

     寄る年波で、FacebookだったかTwitterだったのかもうわかんなくなってますけど、ある方から「市民の集いに来てみませんか?」というお誘いがございました。でもぉ、『市民の集い』っていったいナニ? 東村山のことだから、なーんかテキトーにテーマだけ決めてナンヤカンヤやる集会?と思ったら、あながち間違いでもない事実をあとで知ってボーゼンとしたりなんかしたんですけどね。
     あとでパンフレットを読み直してみたら、「東村山市『いのちの教育』推進プラン事業」「東村山市いのちとこころの教育週間」「心豊かな子どもの成長を願う」「いのちの大切さや人を思いやるこころを培うために」とサブタイトルが4つも躍っておりましてよ。ソレだけだったらたぶん見に行ってなかったんですけどね、二中演劇部が発表するというのを見て、昭和元禄時代の元演劇青年として食指を動かされてしまいました。

    東村山市「市民の集い」001

     そもそもこの「市民の集い」がはじまるきっかけとなった「東村山市いのちとこころの教育週間」(平成15年制定)つーのは、渡部尚市長は挨拶で「ある痛ましい事件」と言葉を濁してらっしゃいましたけど、ハッキリ申し上げて、市内の中学生4人が大きく関わった『ホームレス集団暴行致死事件』を受けて作ったものなんでございましてね。
     巷では後藤健二さん殺害のニュースが未だに尾を引いてますけど、私を含めた当時の東村山市民にとって『ホームレス集団暴行致死事件』は、頭を金属バットで殴られたようにショッキングなニュースでした。なかんずく教育関係者の衝撃は並大抵のものではなく、「きょういく東村山」などの広報紙は事件に関わる謝罪や決意の記事であふれていたし、ほぼ1年間は教育委員会が喪に服しているような状態でした。

    東村山市「市民の集い」002

     被害者の鈴木邦彦さん(享年55歳)が亡くなったのは平成14年(2002年)1月25日ですから、事件発生からちょうど13年が経過したことになりますけど、かといって、1月25日に慰霊祭がおこなわれたというニュースは耳に入ってきていません。事件現場となったゲートボール場が今は住宅になっているという事情もあるのでしょうが、衝撃の大きさに比較すると風化するのがあまりにも早すぎるような気もするんでございましてね。
     奇しくも昨年、東村山では、やはり中学生3人が逮捕された『失神ゲーム』事件が全国に報道されました。この件についてはさすがに渡部市長もスルーできなくて言及されていましたけど、そういったことも含めて、いったい何が子どもたちを取り巻く環境を劣悪にしているのか。そこには、学歴偏重社会、貧困、ストレス、コミュニケーション不足、いじめなど、大人たちの作った社会の歪みが影を落としています。

    東村山市「市民の集い」003

     だからこそ、『市民の集い』を通じて1人1人の意識に働きかけ、命の大切さを知り、豊かな心を養ってもらいたいという、その趣旨はホントによくわかるんですけどね。その内容がナントモお役所臭芬々とゆーか形骸的とゆーか上から目線とゆーか、市民にその思いがズーンと伝わらないイベントになってやしないかと、思ったりなんかしたりなんかしてるんでございますけどね。
     閉会の挨拶に立たれた町田豊教育委員会委員長が、いみじくも「もう少し若い方たちにも参加してもらえるようなイベントにしたい」とおっしゃってましたけどね。今回のイベントで発表をおこなった中学生と中高年を除くと、そのあいだの世代の来場者がスポッと抜け落ちたようにイナイんでございましてね。ほとんどがジィさんバァさんだらけだから、拍手するにしてもどこかパワー不足で、どーにもこーにも盛り上がりに欠けるんですのよね。

    東村山市「市民の集い」004

     つーか、しょせんお役所である東村山市と同教育委員会が取り組む一大イベントだから、批判を恐れて思い切ったことができないのは仕方ないんですけどね。だいたい東村山市教育委員会ってね、毎年々々、ご苦労様にも「教育目標」つーのを掲げていらっしゃってて、今年度の教育目標の1つに「自ら学び考えて行動する、個性と想像力豊かな人間の育成」つーのがあるんですのよね。
     んでもくさっ、想像力はさておき、東村山市教育委員会そのものの個性とは何ぞやということになるってぇと、ひょっとして誰も答えられないんじゃありませんかしらね。ココだけ話、驚いたことに今年度の多摩五都の市の教育目標って、東村山市を含む3市の中身がほとんどおんなじなんですのよね。アァタね、そんな教育委員会に「個性と想像力豊かな人間の育成」なんてホントにホントにホントにホントにできるんでしょうかしらねーっ。

    東村山市「市民の集い」005

     ま、今日はこのくらいにしといたろカッですけど、話が前後しますけどね。この日の東村山第二中学校演劇部の出し物は『転校生はロボット?!』なんですけどね。森純教育委員会教育長の「開会のことば」、「市内中学生による作文の発表」と続いて聞いていたら、今年の『市民の集い』はロボットまつりかよっ!!と思っちゃったんでありましてね。
     んだってよぉ、ほとんどみんな原稿を見てばっかりで、しぃかぁもぉ一本調子の棒読みだから、音を頭の中で言葉に直してからインプットするという2度手間で理解しなくちゃなんないから、お経みたいでちっとも心に響いてこないんですのよね。だいたいね、子どもたちに文章を書かせてピックアップしたものを朗読で発表させるというのが、公的イベントの安易な常套手段になってますけどね。書いた文章がどんなにすばらしくても、語り手としてもすばらしくないと内容が伝わらないんだっつーのっ。

    東村山市「市民の集い」006

     んで、次の『東村山市立中学校生徒会による発表』にしても、やっぱりナンダカナァとゆー印象で、どーしたってヤラサレ感が漂うんですのよね。東村山市立の第一から第七までの中学校生徒会が『いじめ防止宣言』というテーマで、「私たちの考える『いじめを生まない、許さない学校』をイメージする漢字」つーのを発表しました。その結果が第一中学校から順番に「想」「想」「和」「互」「尊」「育」「和」なんですけどね。あーんまりにも当たり前すぎて、ソリャそぉでしょーヨッという感想しか湧いてこないんですのよね。
     いじめってね、結局は自分の弱さに対するごまかしじゃないかと思うんですけどね。優等性的な正義感とか理想論だけで解決しようとするってぇとね、ナーンカ無理が生じたりなんかしませんかしらね。てゆーか、アタシャ、いじめなんて絶対になくならないと思うんですけどね。世の中を見渡せば、パワハラだとかモラハラだとかは、おとなの世界にはいくらだってあるワケですしね。

    東村山市「市民の集い」007

     いや、確かにね。子どもに作文を書かせたりテーマに基づいて討論させることには意味があると思うし、発表する場を作ることにも意義はあるんでしょうけどね。でも、発表の内容自体が『市民の集い』の来場者を満足させる内容なのかっていうと、はなはだ疑問なんでございましてね。ほうぼうの中学校から「いい子」の演技が得意な中学生を集めてきて、教育委員会はちゃんとやってますということを宣伝しているような感じがしちゃうんですのよねーっ。
     ハッキリ言って、何をしたいかはわかるんですけどね。現在進行形の結論が提示されるだけで、未来へつなげるという具体的なビジョンがちっとも伝わってこないから、ナーンカ対岸の火事を見ているだけみたいになっちゃうんですのよね。だったら、せっかくプロジェクターまで用意してるんだったら、東村山市内の中学校では1年間にどれだけのいじめが発生していて、こんなケースではこんな方法で解決したんだというような、具体的な裏付けも発表してもらいたいんですけどね。ソコントコは「個々のケースについては申し上げられません」てなことで逃げられちゃうんでございましょうね。

    東村山市「市民の集い」008

     んで、いよいよお待ちかねの東村山第二中学校演劇部の出し物『転校生はロボット?!』(照屋洋作)がはじまりました。開巻冒頭は『学園天国』に乗せてのミュージカル風ダンス。でも、歌はフィンガー5じゃなくてキョンキョンなんですのよね。作者の照屋洋さんはさすがに現役の中学校の先生だけあって、現代の子供たちの行動や言葉遣いを的確に捉えていて、台詞の1つ1つにリアル感が横溢しています。
     たぁだぁしぃ、今回の演目『転校生はロボット?!』に限って言えば、物語のプロットに多少の無理があるんでございましてね。最終的にはいじめを受けたロボットの主人公が自殺(エネルギー供給を拒否)して、いちばん仲の良かった友達がこれでよかったのかという問いかけをして幕となるんですけど、ものすごくモヤモヤする終わり方なんですのよね。作者としては観客に「いいわけないじゃん!!」と思わせたいんでしょうけど、起承転結の「転」がないから気持ちがイマイチ伝わってこないんですのよね。

    東村山市「市民の集い」009

     いやさ、どやさ、正直言って二中演劇部のみなさんの演技は、ハツラツとしてとても好感が持てるものでした。でーもね、台詞と台詞の間合いや場面転換の間の取り方がガッタガタなんでございましてね。これは演技の稚拙さ云々というよりも、明らかに稽古不足か演出上の不備だと思うんですのよね。特にこの劇はほぼ全編、10人以上の登場人物が舞台上にいるから、アンサンブルがとても重要になってくるワケですけど、1つタイミングが狂うと台詞のキャッチボールが中断しちゃって、何をやってるかもわかんなくなってくるのでありますよ。
     んー、ソコはやっぱり学校演劇の宿命で、なるべく登場人物を多くして、台詞の量も均等にぬわぁんてやってると、ナーンカ知らないけど台詞が粒立たなくて棒読みになってくるんですのよね。アタシャ、昔、登場人物がたった2人の岸田國士の『紙風船』という芝居を高校生がやったのを見て、あんまりにも出来がよくて驚いちゃったことがあるんですけどね。

    東村山市「市民の集い」010

     いや、もーね、改めて考えてみても、世の中に東村山ほど「個性と想像力」が感じられることのない街はないんでございましてね。何をやっても二番煎じ三番煎じ、かろうじて独創性が感じられるのは『どんこい祭』と『まちジャム』ぐらいでね。オリジナリティのある演劇・映画・文芸・美術方面のアーティフィカルなコンテンツときたら、皆無と言っていいくらいのテイタラクなんでございましてね。
     毎度申し上げてますけどね。全国にはおよそ1,700の地方自治体がございましてね。その中の1,500ぐらいのマチやムラは、ひねもすのたりのたりと延々と続くドングリの背比べをやってるワケですけどね。どぼじで「東村山はホカとは違うんでござるヨッ」という進取の気象みたいなものが生まれてこないんでしょうかしらねえ。ま、それでも渡部尚市長の言動には、さういふ気概が感じられないこともないんですけどね。いかんせん民心を集約する求心力が徹底的に足りないんですのよねーっ。

    東村山市「市民の集い」011

     それはさておき、この日のメーンエベントは、ホカでもない佐藤真海さんの講演『笑顔で、生きる~大切なものは失ったものではなく、今あるもの~』だったんでございますけどね。案の定、講演が始まる午後3時頃になると、どこから湧いて出たのか講演目当ての聴衆がゾロゾロと増えてまいりました。このあたりはサスガッ、市民産業まつりの日本エレキテル連合ライブに殺到した東村山市民の面目躍如たるものがありますわね。
     佐藤真海さんは32歳。若くして骨肉腫に冒されて足を切断したものの並大抵ではない努力をして、走り幅跳びの選手としてパラリンピックに3回連続出場しているという事実だけで、私たちのようなナマケモノはただただ拍手するしかないんでございましてね。穴があってもなくても入りたくなってくるんですのよね。たぁだね、これはあくまで私の個人的な見解ですけど、講演でもドキュメンタリーでも映画でも何でも、ナーンカ最近、何かにつけてみんなで寄ってタカッて感動したがってるような風潮がね、ちょっと気に入らなかったりもするんですのよね。

    東村山市「市民の集い」013

     つーのも、やっぱり「個性と想像力」を養うためにはね、感受性だけあってもダメなんでございましてね。「あーヨカッタ」「あーすばらしかった」「感動した!」「いいね!」というだけで終わっちゃうと、ぜーんぶカタルシスとなって昇華されて消えちゃうような気がするんですのよね。モヤモヤッとしたひっかかりを決してうっちゃらずに脳味噌の奥にしまっておいて、何かにつけて引っ張り出してきてはどーすりゃいいのさとイリュージョン思考することが、いちばん肝心なことだと私は思うんですのよね。
     どーもアンですな、東村山はいろんなことをウヤムヤにしてるような気がするんでございましてね。早い話が、恐れ多くも市役所サマと教育委員会サマの一大イベントにケチを付けるなんざぁ、私みたいなバカが1人だけかもしれませんけどね。たぶん、東村山15万市民の80%ぐらいは『市民の集い』なんて知りもしないでしょうし、15%ぐらいは知ってても見に行こうなんてコレッポッチも考えないだろうし、4.7%ぐらいはそんなつまらないイベントに誰が行くんじゃぁぁぁっ!!とか思ってるんじゃないでしょうかしらね。

    東村山市「市民の集い」014

     会場となった中央公民館の定員は457名ですけどね。ま、多く見積もって客席にいたのが300名としてもですね、3分の1の100名は出演者・スタッフ・来賓のミナサマなんかの関係者でしょうね。んで、やっぱり3分の1の100名がね、お子さんの晴れ姿を見にいらした中学生のご家族ですわね。となるとね、私を含めた実質的な来場者は100名前後だったってぇことになりますけどね。たぶん、そのうちの50名は来たことをちょっと後悔してたんじゃあーりませんかしらね。んで、慈悲深い30名ぐらいが「いやいや、これも意義のあることだから」と我慢して真剣に見ていて下さって、15名ぐらいは「無料なら御の字」とか思っていて、結局、「大変勉強になりました」というのが5名ぐらいで、「涙が出るほど感動しました」という人が皆無と、そんなグアイじゃないでしょうかしらね。
     私だってヤルナとは言わないんでございましてね。ただし、『市民の集い』なんてシミッタレた名前はヨシコさんにしてもらいたいですわね。それと、いじめ撲滅や人権や努力&友情みたいな美辞麗句ばかりにこじつけるのではなくて、本当にみんなが興味を持ってくれて、東村山の未来をパッと明るくするような方向に持って行っていただけませんかしらね。

    東村山市「市民の集い」015

     たまたま今日、Twitterを拾い読みしていたら、「資料屋」(@sir43k)さんが川崎市と東村山市のいじめ防止対策方針に雲泥の差があるのを嘆いておられて、「東村山市って市内にハンセン病療養所というものが存在しているがゆえにポテンシャルはあると思うんですが、いじめへの取り組みはあまりにもあまり。ちっとは反省してくださいね、東村山教育委員会さん。」とツイートなさってたんでありましてね。
     話を蒸し返すようで悪いですけどね。そりゃ「自ら学び考えて行動する、個性と想像力豊かな人間の育成」を教育目標に掲げることも大事ですけどね。そもそも「個性と想像力豊かな人間」にちっともなれていないのが、東村山のおとなたちのような気がするんですのよね。私はもう四半世紀近く東村山に住んでますけどね。この好奇心旺盛な私が、その言動や行動に触れて思わず会いに行きたくなっちゃうような人が滅多にいないんでございましてね。それはやっぱり、「個性と想像力」が感じられないからだと思うんですのよね。

    東村山市「市民の集い」016

     私は何も、東村山市立おとな精神修養道場を作って、毎朝斎戒沐浴して白装束を着て滝に打たれて修行してくれって言ってるんじゃないんでありましてね。もうちょっと柔軟な発想に基づいた、それが触媒となって個々の関係性を深めるような、センシティブなプランを立ててもらいたいということなんですのよね。人間は十人十色ですから、すべての人を満足させるものなんてないのに、ナーンカなんでもすべからく最大公約数ばかりを探し回って、結局、文句は出ないけど賞賛もされない代物ばっかり作ってる気がするんですのよね。
     ヤッパいちばん重要なのは視点を変えてみることなんでございましてね。ま、私みたいにチョコマカ視点を変えるのも考えものだとは思いますけどぉ、思考って煮詰まっちゃうと完全に停止しちゃうんでありましてね。何も考えないのと同じになっちゃうんですのよね。よどみに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて久しくとゞまることなしだとしても、想像力を駆使すればスッポンが月に変身することもあるんでございましてね。どーしてこーも、可能性の芽を摘んで台無しにすることバッカやってるんでございましょうね。

    東村山市「市民の集い」017

     ま、このヘンまで来ると、私も私の言ってることがわかんなくなってきたりもしますけど、つらつら思い返してみるってぇとね、私が子どもの頃には個性的なおとなが大勢いました。学校1つとってみても、今では信じられないようなユニークな先生がたくさんいました。もちろんそれは、イイ意味でもワルイ意味でもですけどね。今だったら大問題になるトンデモナイ先生がいた一方で、いまだにご存命ならぜひとも会ってみたい先生が何人もいます。
     ホントは個性や才能のない人間なんて1人もいないと私は思うんでありましてね。表面上は没個性のように見えても、実際に会って話をしてみると意外な個性や才能がボロボロ出てきます。個性というのは言わば本音なワケですけど、特にお役所関係ではいまだに建前しか言っちゃいけないような風土が根深くあって、そのことがいろんな意味で市民に離反される要因ともなっているのだと思います。もしかすると、教育目標に「個性と想像力豊かな人間」という文言を入れなきゃならなくなってるニッポンという国は、もうとっくに末期症状なのかもしれませんわね。

    東村山市「市民の集い」018

     そりゃ確かに、面白いとかつまらないとかいうのは主観にすぎないんですげとね。やっぱり今の『市民の集い』の総合力としてのパワーがどんどん低下しているのは事実だと思います。だた、それを仕方がないと思って放っておくのか、それとも、フンドシを締め直して新規巻き直しするのか。つーか、そもそも教育委員会の締めてるフンドシってね、文部科学省お仕着せの鋼鉄製のフンドシで、下手に動くと血が出ちゃったりするような気もしますわね。
     これ以上言い出すと教育委員会のソモソモ論になっちゃうんでやめときますけどね。やっぱりイベントって毎回初心に返って取り組まないと、慣れに乗じてどんどん形骸化していくんですのよね。ドッチにしてもまだ人が来てくれるのなら救いがありますけど、せめて東村山市民の300人に1人は来てくれないと中央公民館のホールはいっぱいにならないんでございましてね。次回は満員になることを願って相変わらずのヘダラを締めくくりたいと思います。
     とっぴんぱらりのぷぅ。

    東村山市「市民の集い」019

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    この記事にコメント
    東村山では今「Ingress」というスマホのゲームのキャンペーンを実施中ですね。もう参加されましたか?
    http://ingress189.jimdo.com/
    From:  * 2015/02/17 22:34 * URL * [Edit] *  top↑
    とほほ…
    Ingress東村山観光案内所は知ってるんですけどね、スマホじゃないんで参加できないんでござるよ。v-507
    From: ココ・パピラス * 2015/02/18 07:57 * URL * [Edit] *  top↑
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