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    『どんこい祭2014』見聞録01

    【注意】今回の記事は史上最大の長文です。だからといって何をしてさしあげることもできませんが、どうか覚悟してお読みいただければ幸いです。

    『どんこい祭2014』見聞録タイトル

     『どんこい祭2014』が終わって3週間が経とうとしています。翌週に放送されたJ:COMチャンネルの『ジモトピたまろくと』で大々的に採り上げられたこともあって、その盛況ぷりが改めてクローズアップされました。伝え聞いたところでは、実行委員のあいだからも「今年がいちばん盛り上がったのではないか」という声が挙がっているようです。
     今年の『どんこい祭』の個々のコンテンツやパフォーマンスの評価については、今さら私がここで述べるまでもなく、ご来場下さったみなさんがいちばんご存じの通り、かつてないほどに非常に満足度の高い内容であったと思います。私も個人的には、「よさこい」のストリートパフォーマンスの迫力に圧倒されましたし、今年はハズレの一切なかった東村山グルメを心ゆくまで堪能しましたし、新企画『ムラメン!2014』の誕生は心から祝福したいし、8年目となるイベントをここまで盛り上げた実行委員たちには拍手を送りたいと思います。
     ただ、これから私が書きたいと思うのは、それとはちょっと違う視点から見た『どんこい祭』についての話です。ここ数年来、私の心の中には、『どんこい祭』が本当はもっともっと魅力的なイベントになる可能性があるではないかという疑問がわだかまっていました。ところが、ひょんなことから今年の『どんこい祭』に関わるようになったことで、私の疑問が徐々に氷解していくのを目の当たりにすることになります。
     今回、私は広報紙『どんこい新聞』の編集に携わったほか、写真撮影班のスタッフとして『どんこい祭2014』に参加しました。『どんこい祭』が終わってから数日後、撮った写真を整理していておやっと思ったことがあります。それは、フィナーレの場面でステージに立ち並んだ実行委員たちの顔が、ほとんど全員疲労困憊としか言いようのない表情をしていて、まるでベトナム帰りの米兵のように見えたからです。
     東村山の「まち沸かし」を合い言葉に奮闘している『どんこい祭』の実行委員たちですが、ここ数年、『どんこい祭』は明らかに失速状態にありました。彼・彼女らが本当に心の底から達成感や充実感を享受することができているのかどうか。今、私の心に去来しているのは、賞賛と同情の入り交じった複雑な思いです。
     これまで、『どーすりゃいいのさ東村山』をお読み下さったことのある方は、ヤケに神妙な文章じゃないかと驚かれているかも知れませんが、これが私という人間の真実の姿なのです。というのは冗談ですが、なぜかいつも通りのオチャラケた文章は書けませんでした。たぶん、決して冗談では済ませられない『どんこい祭』の秘密を知ってしまったからに違いありません。
     今年2月、東村山市商工会青年部の某氏の誘いで、私は『どんこい祭2014実行委員会』の『洗い出し大会』に出席させてもらいました。それ以来、ほぼ10カ月間、月に1度の実行委員会にオブザーバーという資格で参加することになりました。
     昨年、私は『どーすりゃいいのさ東村山』ブログ版に、『市民デジャヴまつりスットコどんこい祭』という、『どんこい祭'13』を完膚なきまでにコキ下ろす記事を書きました。だから、実行委員の一部には、「コイツ、どのツラ下げて来やがったんだ」という思いもあったことでしょう。
     しかし、これまで私がブログに書いてきた記事の中で、この『どんこい祭』について批評した記事ほど反響の大きかったものはありませんでした。「いいね!」をクリックしてくれた人の数も、どこかで出会った時に話題にされる件数も、水面下から漏れてくる怨嗟の声も、ホカの記事とは比べものにならないほどケタはずれに多かったのです。私自身は「その通りだ」という賞賛よりも、「トンデモない記事を書きやがった」という文句が出たことにこそ大きな価値があったような気がしています。
     実は私は、昨年も『どんこい祭』の実行委員会に何度か顔を出していたのですが、どこか違和感を感じていつしか出席しないようになりました。では、なぜ今年は関わり続けたのかと言えば、ハッキリとはしませんが変貌を遂げる予兆のようなものを感じたからではないかと思います。
     今、私の目の前には、実行委員会等で配布されたもの、非公開のfacebookグループのページに掲載された議事録をプリントアウトしたもの、私が編集に関わった『どんこい新聞』のために収集したものなどを併せると、ほぼ段ボール1箱分の『どんこい祭』に関する資料があります。
     ですから、その経過について詳しく書いていけば1冊の本が出来上がるでしょう。ただし、それはやめておくことにしました。その代わり、外側から見ているだけではほとんどわからなかったけれども、内側にいることで見えてきたさまざまなことを、たぶん長くなるとは思うのですが、なるべく簡潔に記しておきたいと思います。
     2月におこなわれた『洗い出し大会』というのは、昨年の『どんこい祭』が例年以上のパワー不足だったことを反省する意味で、いろいろな人から忌憚のない意見を聞いておこうという趣旨で、実行委員だけではないさまざまな人々を招待しておこなわれました。
     「東村山らしさが感じられない」「核となるものがなくて何の祭りだかわからない」「毎年代わり映えがしない」「ステージやグルメの段取りがメチャクチャだった」「ヒガシムラヤマンミュージカルがひどかった」「実行委員会が閉じられた組織になってしまっている」「産業まつりとの差別化ができていない」「準備に戸惑って何もかもが見切り発車になってしまった」「ポスターの手配やホームページの更新が遅すぎる」等々々、もうそれだけで『どんこい祭』の最重要課題がすべて噴出してしまったと言っていいほど、驚くほど多彩な意見が寄せられました。
     何もかもが後手後手に回ってパワー不足になってしまった去年のような轍を踏まないことを目標に、今年の実行委員会は昨年よりも早く始動しました。『洗い出し大会』も終わっていよいよ新しい企画についての検討が始まろうとした時、1人の実行委員から改めて提起されたのは、「これから実行委員のベクトル合わせをしておく意味で、どんこい祭の存在理由を改めて明確にしておく必要があるのではないか」ということでした。
     この提言に私は大賛成でした。しかし、事はそうカンタンには進みませんでした。これはあえて書いておきますが、『どんこい祭』実行委員会は、一見すると幕末の志士のような田舎者揃いではあっても、決して新撰組のような一枚岩の組織ではありません。「東村山の魅力を少しでも多くの人に知ってもらおう」という目的は同じでも、その方法論やセンスには違いがあって、しばしば不協和音を奏でているというのが実態です。ただし、必ずしもそれが実行委員会の欠点というわけではありません。むしろ、意見の相違を承知の上で集まった同床異夢の面白さがあると私は思うからです。
     それはさておき、3月の実行委員会は、実行委員長の「今年は明確なスローガンを決めて開催しようじゃないか」という提案から始まりました。しばらく議論が続いたあと、実行委員の1人が「それなら、去年の実行委員会で決めた『どんこい祭アクションプラン』が活かせるのではないか?」と言いました。委員会は中断され、文書のコピーが全員に配布されました。
     『どんこい祭アクションプラン』とは、2015年に実現することを目指して昨年策定された、「①東村山市民15万人が知っているお祭りにする」「②どんこい祭に係わるすべてのことにおいて、やる気のある人がチャレンジできる」「③飲食店以外の元気ある団体や個人にもスポットをあてる」「④東村山独自の踊りを作る」「⑤グッズ販売などで運営費の一部を賄う」「⑥外部団体や個人にどんこい祭実行委員会に参加してもらう」「⑦地域のよさこいチームによさこいイベントの企画運営をしてもらう」という7つの目標のことです。
     そんなものの存在を知らなかった私は、読んでみてその内容に感心しました。これこそ、今までやるべきなのにやってこなかった理想的なプランだと思ったからです。
     ただし、これはあくまで結果論ですが、『どんこい祭アクションプラン』の7つの目標のうち、『どんこい祭2014』で実現できたのは「⑥外部団体や個人にどんこい祭実行委員会に参加してもらう」のただ1項目だけです。ちょっと視点を変えれば、こんなにすばらしいプランが立てられているのに、そのほとんどが絵に描いた餅で終わってしまっているあたりに、『どんこい祭』実行委員会の最大の欠点が露呈しているとも言えるでしょう。
     これは、実行委員会の場でも一部の委員が再三にわたって指摘していることなのですが、委員会で最終的に決められていくプロセスがすべて内部のご都合主義の賜物で、ちっとも外部に開かれた組織になっていないのです。『どんこい祭アクションプラン』でさんざん外部の人材活用を謳っていながら、外部の人を巻き込むようなアクションがまったくおこなわれていないのです。
     かくいう私も、外部の人間として実行委員会への参加は許されたものの、たまに意見を聞かれることはあれこそすれ、しばらくのあいだは具体的な役割については何も提示されませんでした。『どんこい祭』の実行委員会には、私以外にもオブザーバーとして参加した人が何人かいたのですが、不思議なことに『どんこい祭アクションプラン』とは相反して、勝手に紛れ込んできた猫のようなお客様扱いをされるだけなのです。
     もともと、実行委員は全員、商工会青年部か東村山JC所属ですから、『どんこい祭』の実行委員会以外の場でも交流があり、お互いにどんな人間かもよくわかっているのは当然です。しかし、そういった相互理解度や仲間意識のメリットは外部の人間にはまったく通じません。本来なら、オブザーバーの人たちをどうにか『どんこい祭』に引っ張り込むために、どんな形で協力してくれるのかを詳しく知っておきたいと思うはずなのですが、なぜか実行委員のほとんどが私は関係ありませんという顔をしているのです。
     『どんこい祭』の実行委員会が内向きの閉じられた組織になってしまっているのは、おそらく、実行委員会の全体の動きを把握している人間が1人もいないせいではないかと思います。全体の動きを誰もわかっていないくせに、私の守備範囲はココまでだと勝手に決めてしまうから、『どんこい祭アクションプラン』なんて知らないよという空気が横溢することになります。
     いちおう、タテ型のピラミッド構造にはなっているのですが、各部門の担当者が請負業者のように自分の殻に閉じこもってシゴトをしている状態で、関係性のある当事者間以外の意思の疎通がほとんどありません。いちばん全体を把握しているはずの実行委員長でさえ、いわゆる調整役に徹するのが精一杯で、そのことが各部門の作業の効率化を阻止しています。
     全体をバードビューしている人間のいないことの最も大きな弊害は、実行委員1人1人の思いを無視して、イベントの遂行に必要な工程表だけがどんどん独り歩きしていくことです。
     これは、私を含めた外部から参加したオブザーバーの人たちがいちばん驚いたことだと思うのですが、1度決めたはずのプランが、その場の思い付きや雰囲気で猫の目のようにクルクルと変わっていく様は、外部の者にとっては信じられないような光景でした。ほぼ決定したはずのことが急に中止になったり、逆にやめると決めたことがいつの間にか復活していたり、次回までの宿題になっていたことがウヤムヤにされて消えてしまうようなことは日常茶飯事でした。
     確実に言えるのは、『どんこい祭』実行委員会には、仲間同士だけで通じ合う馴れ合い的意識が存在することです。これまでいっしょに協力しあってきた仲間なのでしょうから、多少の同窓会的ノリは大目に見るとしても、ともすると会議体としての一般的なルールを無視した場面が何度か見受けられました。そういう状態のままでは、せっかく外部の人たちに実行委員会に入ってきてもらっても、身内の恥を曝しているようなもので却って敬遠されてしまうように思います。
     数万人規模の来場者のあるイベントを、実質的にわずか10名ほどの実行委員で運営し、しかも、月に1度だけの実行委員会で何もかも決めていこうとするのはあまりにも無謀です。だからこそ、外部の人たちをどんどん巻き込んで軌道修正していくことが喫緊の課題になるはずと思うのですが、残念ながらそれは今年の『どんこい祭』でもほとんどできていませんでした。
     さて、3・4月の実行委員会を経て、徐々に議論も煮詰まって新企画のラインナップが出揃い始めました。
     麺料理の祭典「ムラ麺フェス」、東村山版JUNONボーイコンテスト「ムラメン!2014」、ステージの花道となる「レッドカーペット」、イベント限定通貨「どんコイン」、東村山音頭をフューチャーしたダンスコンテスト「ダンス甲子園」、「ヒガシムラヤマンミュージカル」のリニューアル上演のほか、協賛広告用としてのバックパネルの創設やラウンドガールの採用など、去年とは打って変わった百花繚乱ぶりでした。
     と同時に、私には広報紙の編集をしてもらえないかという依頼がなされました。この広報紙は、『どんくさい新聞』→『どんちゅーの新聞』→『どんこい新聞』と2度の改名を経て、私の記憶では5度の改訂を加えた末に発行されました。ただし、当初は夏休み中の発行を目指していた第1号の発行は、遅れに遅れて開催の5日前にズレ込みました。
     『どんこい新聞』の発行と併行するかたちで、私は次のことをやるつもりでいました。『どんこい祭』に関する最新情報を公開するtwitterの開設、市民との自由な意見交換ができるようなfacebookの開設、紙版では伝えきれない情報を伝える『どんこい新聞Web版』の開設、地域おこしについて語り合う『ほんにゃらカフェ』の開催の4つです。しかし、冒頭の3つは発行が遅れたことから断念せざるを得ませんでしたし、『ほんにゃらカフェ』も告知期間が短すぎたために1度も開催されることはありませんでした。
     これはいまだにその理由がわからない謎の1つなのですが、『どんこい祭』は東村山の「まち沸かし」を大前提の目標としていますし、前述の『どんこい祭アクションプラン』でも外部との連携の重要性が指摘されているのにもかかわらず、いわゆる広報の機能が致命的なほどにお粗末なのです。公式facebook・公式twiiter・公式Webサイトに加え、委員会やグループに特化したfacebookのページもあるにはあるのですが、そのほとんどが後手後手の通りいっぺんの告知をしているだけなのです。
     イベントというものは本来、参加・協力してくれる人たちをターゲットにしたアクションが最重要のはずで、広報が戦陣を切って進まなければ道が拓かれないもののはずです。しかし、本当ならイの一番にやらなければならない人材募集の呼びかけも、危機感を感じた2人の実行委員がネットの片隅にチョロッと書き込んだだけで、本格的な人材募集はついにやらずじまいでした。自分たちでわざわざ袋小路を作っているような状況には唖然とするしかありません。
     『どんこい新聞』の発行が遅れた原因としてはさまざまな事情が影響しています。おそらくいちばんの原因は、私のテキストの洒落がキツすぎたせいだと思います。それは、私なりの実行委員たちへの秘められたメッセージでもあったわけですが、ごく一部の人たちを除いて反応はほとんどありませんでした。
     『どんこい新聞』を編集する上でとにかく困ってしまったのは、開催日まで2カ月を切った時点でも、未確定事項があまりにも多すぎることでした。何もかもが土壇場まで決められないという状況の源流を遡ると、そこには『どんこい祭』の明確なビジョンが描けていないという過去が浮かび上がります。ビジョンを共有できていないせいで、何もかもがイスカの嘴の食い違いになっているという印象がものすごくあるのは、決して私だけではないと思います。
     10・11月の実行委員会は、当然のように驚くほど多種多様な問題が噴出しながらも、まるでモグラ叩きゲームのように1つずつ潰してクリアしていく作業が繰り返されました。そのあたりには、これまで7回の修羅場をくぐり抜けてきた実行委員たちの面目躍如たるものがあります。
     しかし、そういったドタバタ劇が常態化していることの裏側には、乗り越えなければならない壁がいつしか固定観念化され、足に靴を合わせるのではなく靴に足を合わせるような、無理な体制をとることでしかイベントを完遂できなくなってしまった、大きな自己矛盾を抱えた組織になっている事実があるように私は思います。なまじ8年続けてきた実績があるだけに、路線を大きく変えることに臆病になってしまっているような気もしました。
     振り返れば、2月の「洗い出し大会」はとても大きな進展でした。ただ、個々の問題を可視化することはできても、『どんこい祭』の原動力であるエンジンが8年前の旧式のままではガソリンを食うばかりです。やはり体制を抜本的に変えることができなければ、このドタバタ劇は永遠に繰り返されることになるのではないでしょうか。
     いや、もちろん、私だって『どんこい祭』の実行委員たちが頑張っていないなどとは決して言いません。私がこれまで見てきた数々の団体の中でも、『どんこい祭』の実行委員会は東村山ではいちばんアツい集団だと思っていますし、東村山を変えていこうという強い思いがなければ、これほどのエナジーが集結することもないでしょう。
     ただ、およそ10カ月にわたって実行委員会を見続けてきた私の印象としては、おそらくそのエナジーの4分の3ぐらいを無駄に消耗している気がします。東村山を変えたいんだという点での思いは共有していても、どんな方法で、何を目的に変えていくんだという具体性のあるイメージが共有されていないせいで、いったん何かについて問題が起こるたんびに、今さらながらベクトル合わせに無駄な時間を割いているのを見ていて、そんな議論はもっと前にやっといてくれと思ったのは私だけではないと思います。
     月に1度の実行委員会でやれることには限界があるし、毎年毎年、大変な思いをして波を乗り越えているわけですが、やはりどこかでカラ回りをしているという印象は拭いきれませんでした。もう少し効率的な組織運営ができないものかと何度も思いました。
     せめて不協和音の1音1音を微妙に調整して、心地よい音にしていくような芸当ができていれば、『どんこい祭』はそのコピー通りの誰もが認める「東村山最高のお祭り」になっていたかもしれません。しかし、そうなっていないのは、不協和音を修整するのではなく、折り合いを付けた同じ音だけを残して他の音を消してしまうために、ただ単調な単音だけが鳴り響く、地方都市ならどこでもやっているような「わかりすぎる祭り」になっているせいです。これはあくまで私見ですが、祭りには「わけはわからないけど潜在意識を呼び覚まされるような音」も必要なのではないかと思うのです。
     今年の『どんこい祭2014』は、会場となった天王森公園にほぼ1日中いた私の率直な印象としても、文句なしに大盛況であったことは間違いありません。やはりいちばんの理由はグルメブースが格段に充実していたことでしょう。さらに2日目に限って言えば、『市民産業まつり』の日本エレキテル連合目当てに押し寄せた群衆がドッと流れ込んできたことも大きな要因です。『ワクワクよさ恋』や『ムラメン!2014』や『アルパカのきなこ』も、集客力を高めるための重要なコンテンツであったのだと思います。
     でも、それなら『どんこい祭2014』が来場者の人たちに強烈なインパクトを与えることができたのか、東村山の魅力を存分に味わってもらうことができたのか、厳しいことを言うようですが、「まち沸かしイベント」として大成功を納めることができたのかとなると、はなはだ心許ないのも事実だと思います。これは今年に限りませんが、『どんこい祭』実行委員会には「現場監督ばかりでプロデューサーもディレクターもいない」というのが、これまで『どんこい祭』を遠巻きながら見てきた傍観者としての正直な感想でした。
     『どんこい祭』の実行委員会は、今年の場合を例に挙げれば、実行委員長とお目付役の副実行委員長の下に「総務」「ステージ」「グルメ」「ヒューマンリソース」の4委員会が配置され、それぞれの担当委員長が最高責任者として君臨します。いや、君臨とはいっても、もともとがボランティアで集まった人々を動かしていくことになりますから、多少の権限は委譲されているものの、一般企業の管理職のように強制的に職務命令を下すようなことはできません。やってくれる人がいなければすべて自分の力量で処理していくしかありません。
     ここ数年、『どんこい祭』が失速状態にあったことを、いちばん身に沁みて感じているのは委員長の彼らなのです。だから、なんとかして脱却点を見出すべく知恵を絞るわけで、「何かいいアイデアはないかな」というのが実行委員会のお題目のようになっています。私の記憶では今年も20ぐらいの新企画がラインナッブされましたが、「予算がかかりすぎる」「準備期間が足りない」「実効性が未知数だ」等々の理由からどんどん削られていって、純然たる新企画として残ったのは『ムラメン!2014』と『どんコイン』だけでした。
     「東村山最高のお祭り」の実行委員である以上、本当は誰だってインパクトのある新プロジェクトをやり遂げたいと思っているはずです。官民の諸団体や企業からの善意の協賛金によって成り立っているイベントですから、外部からは伺い知れないさまざまな制約やシガラミがあるという事情もよくわかります。しかし、現在のような充実感や達成感の感じられない状態を続けていたのでは、「こんな思いまでして頑張っているのに今年もこんなことしかできなかったのか」という悔しい思いが毎年のように蓄積されていくばかりです。
     『どんこい祭』の実行委員会にはもう1つの大きなネックがあります。それは、共催2団体の入会資格が揃いも揃って「40歳以下」となっているため、当然ながら主要ポストをアラフォー世代の人材が一手に担うことになることです。しかし、アラフォー世代といえば、会社員であれば課長補佐あたりにはなっている、実行部隊の最前線で働く自由な時間がほとんどとれない世代です。そのため、『どんこい祭』のために割ける時間は夜間と休日に集中することになり、それが大きな負荷となって彼らにのしかかります。
     さらに恐ろしいことに、実は『どんこい祭』の実行委員の多くが、『どんこい祭』だけではなく東村山の他のイベントにも大きく関わっています。「イベントに行けば『どんこい祭』の実行委員にあたる」といっても決して過言ではありません。どこのイベントでもたいてい人材が足りないから、持ち回りでの掛け持ちを余儀なくされている東村山の諸事情もわかるのですが、肉体的には問題ないとしても、精神的な集中力が分散してしまうことは否めません。『どんこい祭』の実行委員会のなかにどこか漂っている投げ槍な空気の原因には、誰もがみんな忙しすぎて疲れてしまっていることとも関係があるような気がするのです。
     これは『どんこい祭』だけの問題ではありませんが、そもそも東村山には、地域の情報を総合的かつ効率的に伝えられるような情報伝達媒体が1つもありませんし、コミュニティを広げるようなネットワークも確立されていません。何もかもが友達経由の横のつながりだけをたどって協議され、すべてが水面下でいつの間にか決まっている感じがします。何がどうしてどうなったというようなプロセスがまったく見えてこないから、趣旨に共感することはあってもどう関わっていいのかわからないというのが、時に無関心派と呼ばれている多くの市民の正直な思いだと思うのです。
     では、『どんこい祭』実行委員会は来年に向けてどう変わるべきでしょうか。もちろん最大の目標は『どんこい祭アクションプラン』の完全現実化です。今、改めて考えてみても、私は比較的懇意にさせてもらっている5人ほどの人たちを例外として、そのほかの実行委員の人物月旦についてはまったくといっていいほどに知りません。だから、共生意識や一体感のようなものがほとんど湧いてこないのです。実行委員会に顔を出していた私さえもがそうなのですから、一般市民はさらに輪をかけて感じられないだろうと思います。
     名前と開催日ぐらいは多くの市民の頭に入っていても、内容についての認知度は極端に低いのが現状です。『どんこい祭』がどういうイベントで、どんな人たちが関わっていて、どんな思いで開催されているかをもう少し伝えることができていれば、市民の対応も自ずから変わってくるはずだと思うのです。私たちが、俳優やタレントやスポーツ選手に注目するのは、マスコミによって膨大な情報がもたらされているお蔭です。情報が入ってくるからこそ、私たちは一面識もない人にも親近感を感じて期待したり応援したり関わってみようと思ったりします。
     今年、私は会社の事務所に『どんこい祭』のポスターを貼ったのですが、それを見た来客者からいちばん多く発せられた言葉は、「『どんこい祭』って『市民産業まつり』とどう違うの?」というものでした。東村山市出身の若いデザイナーは、「オレも地元の人間だから地域に関わりたいとは思ってるけど、このポスターじゃとても中には入っていけないっスね」と言いました。私は実行委員ではありませんが、やはりちょっと悔しい気持ちがしました。
     多くの東村山市民にとって『どんこい祭』は、去年まではまさに私もそうだったわけですが、うどん目当てに行って食べてはみるし、ステージでYOSAKOIをやってるから見てはみるし、アルパカもいるから写真を撮ってはみるし、暇つぶしに会場を1周してはみるけど、どこの誰がどんな思いを籠めてやってるかもわからない得体の知れないイベントなのではないかと思います。日本全国には約1,700の区市町村があって、それぞれが何らかの地域イベントを開催しているわけですが、『どんこい祭』が東村山の魅力を発信している独創的なイベントだと、果たして今年の来場者の何人が思ってくれたでしょうか。
     『どんこい祭』には、なんとなく笑顔になれる茫漠たる魅力はあっても、知的好奇心を呼び覚ます磁力のようなものが決定的に欠けています。「東村山の魅力を伝えたい」などというマドロッこしいことを言う前に、本当は『どんこい祭』自身が東村山の魅力になっていなければなりません。究極にまで理想を突き詰めれば、イベントに求められるのは「快さ」でも「癒し」でも「感動」でもなくて、「人間としてのステージを上げてくれる跳躍台」としての役割です。単に「近くでやってるから簡便に欲望が満たされてうれしい」というのでは、そこら中にあるコンビニと存在理由が同じになってしまいます。
     これはあくまで私の個人的な希望ですが、やはり東村山の既存のものを紹介するのは『市民産業まつり』のほうに任せて、『どんこい祭』にはもっともっと実験や挑戦をしてほしいのです。今年の『どんこい祭』に変貌の予兆があったことは前述しましたが、それはやっぱり予兆で終わってしまったような気がします。化学変化が起きたように見える場面は何度もあったのですが、それはSTAP細胞のようにいつの間にか消えてしまいました。いや、まだまだ変革の遺伝子はどこかに残っていると思うのですが、それを育てようとするエナジーが、年々モチベーションが低下しつつある実行委員会にまだ残っているのかどうか、そのあたりの見極めが来年の『どんこい祭2015』の運命を決定するのだと思います。
     問題は山積みですがすでに顕在化しています。あとは解決策を講じるだけです。ただ、改革にはやはり覚悟が必要なのです。少なくともいったん「まち沸かし」という旗を掲げた以上は、たとえシロウトではあっても真剣勝負をしなければなりません。たとえプロデューサーやディレクターとしては未熟でも、「まち沸かし」の提唱者としてはプロ志向でなければなりません。論議が煮詰まってしまったら、自分の係累ではない外部の人の意見をぜひ聞いてみるべきです。ちっとも進歩していないと思ったら、それは何かが間違っているせいだと思ってプランを変えてみなければなりません。改革とは、変化する自分にシンクロナイズしてまわりの環境が変化していくことです。
     もちろん、そんなのは駄文屋の描いた夢物語だと言われれば私はスゴスゴと退場するしかありません。ただ、変革でいちばん重要なのは理屈ではありません。「変えたい」という気持ちです。気持ちが気持ちを動かしてこそ、そこに連鎖反応やシナジーが生まれます。たぶん、『市民産業まつり』も『どんこい祭』も最初はそうであったはずなのです。規模が大きくなればなるほど、マンネリ化すればするほど、当然のように求心力は低下します。年中行事の1つとして定番化すればするほど、モデルチェンジはむずかしくなります。もし、そこから脱却したいのならば、小手先のリニューアルではなく換骨奪胎の構造改革をしなければなりません。
     ここだけの話、今年の『どんこい祭2014』は大盛況だった反面、寄せられたクレームの件数も最多だったように仄聞しました。もし、現状のままではイベントの運営・管理に無理が生じるようなら、来年以降は規模を縮小することも視野に入れるべきだと思います。いや、クレームの件だけではなく、『どんこい祭2014』実行委員会に対する不平・不満の声は、さまざまなところから私の耳に入ってきます。
     『どんこい祭』の実行委員会がムラの征服を企てる悪の巣窟だなんてことは私も言いません。まぁ、実行委員会の時はブスッとして挨拶をしてくれない人もいたりもしますが、1人1人に面と向かって話してみると間違いなく善男善女なんでありましてね。しかし、「まち沸かし」を成功させるためには何を最初にやらなければならないかという、プライオリティがものすごく間違ってる気がします。「そんなことをやってる前にコッチをやれよっ」ということばかりなのです。人間というのは不思議なもので、「大」と「犬」ぐらいの違いだとすぐに気付くのですが、「体」と「體」ぐらいに違ってくると、どこが違っているのかわからなくなってしまうのです。
     ほぼ10カ月間、『どんこい祭』の動向を見続けてきた私の正直な感想は、佐藤まさたか市議の会派名じゃありませんが「ちゃんと変えよう!どんこい祭」なのであります。
     有り難いことに、というか残念なことに、人間はいつか必ず死にます。相当に耄碌している私もいつまで生きられるかはわかりませんが、果たして来年の『どんこい祭2015』がどうなっているのか、それだけを楽しみにあと1年生きてみたいと思います。

    『どんこい祭2014』見聞録02


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    |11-30|イベントコメント(5)TOP↑
    この記事にコメント
    炎上
    もうご存知かもしれませんがfacebookのフェイスブック東村山が今回のことで大騒ぎになってます。あまりの長文で途中気を失いかけましたが、要は「長~い目で見てやっておくんなまし」つーことですか。
    From: かまじぃ * 2014/12/04 09:09 * URL * [Edit] *  top↑
    かまじぃサマへ
    もはや「長~い目で見てやって」という話ではなくなってるかもしれません。とにかく、実行委員会の組織があまりにも閉鎖的になっていたことで、彼らのエネルギーが無駄に消費されているような気がして、ソコがもったいないなぁというのが私のいちばんの気持ちです。ヤルならもうちょっと考えようよヨッということですよね。私なんかもよく「いちばん何もしていない奴が文句ばっかり付けたがる」なんて言われたりしますけど、ブッチャケた話、それが私のストレス発散の一部になってたりしますからね。ただ、社会つーのは一蓮托生のモンですから、自分に一切非がないという正義は有り得ません。理屈だけで押し進めちゃうと、思考回路がソコで止まってしまいます。あっ、こういう考えもあるんだという発見がないと、世の中が全員裁判官になっちゃうような気がします。言葉というのは時として凶器にもなるコワイものですから、私の場合はたいてい「これはオモチャだかんね」という感じで書くわけですが、今回の記事の場合は背景について詳しく書かないとリアルにならないので、多少説教じみた長文になってしまったような次第です。
    From: ココ・パピラス * 2014/12/04 10:59 * URL * [Edit] *  top↑
    さいきん
    先般の渋谷のバカ騒ぎといい、最近の若者のやることに「やけっぱち&はしゃぎすぎ」の感を禁じ得ない。それだけ社会が閉塞してるのかも知れませんねぇ。どんこい祭がもっと地に足をついた、それこそ老若男女が落ち着いて楽しめるフェスティバルにならんことを切に願います。
    From: かまじい * 2014/12/04 13:43 * URL * [Edit] *  top↑
    一段階
    フェイスブックでの炎も、市長からの回答でやっと沈静化しつつあります。要は「勇み足」だったという事でしょう。来年はきっと良くなっているでしょう。
    From: かまじい * 2014/12/12 07:36 * URL * [Edit] *  top↑
    かまじぃサマへ
    変われるチャンスではあったのかもしれません。でも、公開を予告した文書がいまだに公開されていないということは、実行委員会の総意としての結論が出せていないことでもあります。「勇み足」が「牛歩」になっちゃっても困るんですけどね。
    From: ココ・パピラス * 2014/12/12 08:00 * URL * [Edit] *  top↑
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