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    こしがや名物鴨ネギ鍋

     ソンナコンナで、我らが東村山市の明るい話題ワッちゅーと、東村山駅東口噴水池のカルガモ親子しかないんカイッ!!とボヤきたくなる今日この頃でございますケドッ。
     ま、カルガモさん親子に罪はないんですけどね、アレね、見てるとナンだかね、広報は読まないし市のホームページは見ないし選挙や議会傍聴やタウン・ミーティングなんかには行きゃしないのにっ、実際のところは明るい未来の予兆でもなんでもない見た目がイケてるだけの雑食性鳥綱に、「アーラ、カワイイわねーっ」と市民がワンサと群がっている現象にいささかのアイロニーを感じざるを得ないんですのよね。
     イエイエ、私はナニもね、カルガモ親子を嬉々としてご覧になってる市民の皆さんがホニャだとかそんなことを言ってるわけじゃあーりゃしませんデッ、「ヤイヤイッ、悔しかったらこれっくらい市民からの注目を集めるようなことをやってみろってぇんだぁ、ザマァ見やがれ、無策の殿堂所沢市役所ガッ!!」という、天使のように純粋な気持ちが溢れ出るのを抑えきれないだけなんでございますのヨッ。
     ま、こーんなに次から次へと東村山市民がドッと押しかけるネイチャー・パフォーマンスは滅多にありゃしませんわね。だったらコレを利用して、噴水の周りにパイプ椅子を並べて5月の臨時市議会はここでヤルとか、どうせならツイデに土下座パレードをやっていただくとか、ま、もーちょっと噴水池のお水はキレイにしてもらいたいですけど、都市計画道路の説明会はみんなで水着に着替えてドボンと飛び込んで河童ブギを歌いながらやるとか、だいたいツイッターをやってらっしゃる市長や議員さんなんかでもね、盆踊り用のヤグラを今から建てといて、つぶやきたくなったらすぐに駆けつけてヤグラの上で大声で叫ぶようにするとか、そのほうが実際のツイッターよりどんなに世間に広まるかわかりゃしませんものね。
     カンケイないですけどね、ウォーターとおんなじで、米英の人にツイッターって言ってもぜんぜん通じないんですのよね。無理してカタカナで書くとトゥウィットゥワですかしらね。

    そうだハンセン病資料館、行こう。

     とゆーよーなことで、私ね、東村山市に引っ越してきてから13年?ぐらい経つんですけどね、今まで1度もハンセン病資料館に行ったことがありませんでした。ソリャなんですかしらね、自転車に乗りゃあ20分ぐらいで着くんですけどね、行こうと思えばいつでも行けるワサと思い続けて梅はスイスイ13年、どっちかってゆーと柚子の大馬鹿のほうだったりなんかするんですケドッ。
     んー、やっぱりナンですかしらね、見に行ったってゲラゲラ笑えて楽しいワキャありませんからね、ミナサン食指が動かないのもワッカラナクはないんですけどね。そうかといって社会科見学みたいにオベンキョしに行くつーのも、脳味噌のスポンジが固まっちまいマスカラやめといたほうがよろしいですわね。なんちゅーか、知的コーキシンちゅーんですか、そんなこと言ってて見世物を見るようなBizarre的コーキシンも人間にはちゃーんとあったりするんですからね、これは人類の負の遺産だから1度は見ておくべきだというよりも、ニンゲンちゅーのはクソ真面目に道をハズれるとトンデモナイコトをやらかすなというのが、ハンセン病資料館を見る前から私の頭の中にあったイメージだったりいたしました。

    光田健輔

     ところで、日本のハンセン病対策について論じられる時、決まって諸悪の根源であるかのように引き合いに出されるのが光田健輔(↑)というお医者さんなんですけどね。この人、日本医科大学の前々身の医学校だった済生学舎では野口英世と同期だった人で、病理学を学ぶうちにハンセン病を知ってその撲滅を誓い、ほかの医者が感染を怖がって拒否していたハンセン病患者の病理解剖も率先して引き受けていたといいます。特に1914年(大正3年)に全生園全生病院長に就任してからは、八面六臂の活躍で救済事業に積極的に関わるようになりました。のちに「救癩の父」と呼ばれて文化勲章を贈られるほど賞賛された一方で、戦前におこなっていた強制隔離政策の推進、優生学に基づく強制避妊手術の実行、ハンセン病患者に対する社会的偏見や差別を助長する言動を発するなど、人権無視ともいえる施設管理者としての資質がのちに問題視されるわけですが、それはハンセン病について研究途上にあった当時の日本医学界にあっては仕方のないことだったのかもしれません。
     しかし、すでにハンセン病が遺伝病ではなく、感染力が極端に低い伝染病であることが判明し、治療薬であるプロミンが処方されるようになった戦後になってからも、ハンセン病研究の第一人者としての権威を振りかざし続け、天下の悪法といわれた『らい予防法』の制定にも大きく関わったという事実は決して曲げることができません。
     この人の最大の不幸は、戦後になってもクソ真面目に「祖国浄化」の愛国心を捨て切れなかったことです。その裏には、彼のアナクロニズムな持論展開を阻止できなかった政治家や医師や官僚のうなだれた背中も見え隠れするワケで、ある意味、寄ってタカって光田健輔だけに罪を被せたA級戦犯的処理のニオイもするんですのよね。確かに困ったちゃんのガンコ親父ではあったかもしれないけれど、政治的・金銭的な野望を持っていたわけでもなく、全生病院長や愛生園園長だった時には、研究や患者の処遇改善のためにはポケット・マネーから気前よくカンパを供出していたといいます。それでもやっぱり許せないという思いは、日本のハンセン病の歴史に連綿として記述され続けてるわけですけどね。

    国立ハンセン病資料館

     ハッ、サテッ、サテは南京玉スダレじゃあーりませんけど、肝心のハンセン病資料館を見学してみてどーだったかとゆーとですね、ヒトコトで言って本当にアッと圧倒されました。『ふるさと歴史館』に毛が生えたようなものだろうとタカを括っていましタラバッ、毛どころか手も足も羽も生えてレクイエムの大合唱をしている感じで、ソリャ何が違うかってね、「このことだけはゼッタイに伝えておきたい」という物凄いような思いのカタマリなんですわね。
     アウシュビッツやビルケナウの強制絶滅収容所の展示施設、広島の平和記念資料館や長崎の原爆資料館には、悲惨さをダイレクトに伝える展示物や写真がワンサとあるわけですけど、ここには取り立ててそういうものはありません。だいたい、展示されている写真のほとんどは、「大日本帝国のハンセン病対策はこんなに万全ですヨッ」「ハンセン病患者収容施設はこんなにいいところですヨッ」「施設も充実していて快適ですからミナサンいらっしゃいヨッ」という対外宣伝に使われただろうモノばっかりですから、コレだけ見ていると誰だって「恵まれているなぁ」と思ってしまいます。でも実際には、「ハンセン病患者収容施設に入れていただいて私は本当に幸せでした」と証言している収容者はどこにもいません。そこにあったのは、『楽しい収容者生活』を演じさせられ続けた棄民の差別的ホスピスでした。そういう施設を戦後も継続して存続させたのが、民主主義を標榜していた日本国という国家だというところにね、私たちは底知れぬ不気味さを感じざるを得ません。その根底には、「不快なものはなかったことにしとこう」という戦後日本人の短絡的志向性が横たわっているような気もするんですけどね。

    ハンセン病資料館企画展ポスター

     私が行った時は、常設展示と同時に企画展『かすかな光を求めて―療養所の中の盲人たち―』と『いのちの詩[うた]―塔和子の世界―』を同時開催していました。音声データをヘッドフォンで聴くことのできるコーナーの多磨盲人会ハーモニカバンドの演奏は、どこか哀愁がありながらも透徹した哲学的響きを奏でているような音色でした。1955年に高見順賞も受賞している元大島青松園入所者の詩人、塔和子さんの詩は、表面上は決してラディカルでもセンセーショナルでもなく、長い思索の末に生まれたつぶやきとも言えるような静かな詩ですけど、この人がハンセン病患者であったことを知って初めて理解できるような、ちょっと怖いような非日常的ゆらぎに満ちています。
     1996年(平成8年)に『らい予防法』が廃止されるまでの元ハンセン病患者の人たちの歴史は、確かに国が引き起こした不幸の歴史ではあるわけですけど、ナンダカンダで私がどこか羨ましいという気持ちを抱いてしまうのは、ハンセン病資料館というのが決して“原初にハコモノ在りき”で造られた施設ではなく、最大公約数のニーズに応える形でお役所が仕方なく造った施設でもなく、ましてや事業としての利潤追求を目的に造られた施設でもなく、全国の元ハンセン病患者の人たちの「私たちが受けたような差別を2度と繰り返さないで欲しい」という純粋な思いが集約・結実されて創られた施設であることです。
     でも、やっぱり私はね、ハンセン病資料館が有意義な施設だから、とっても社会勉強になるから、偏見や差別について考えるきっかけになるから、ぜひ1度見学しなくてはダメヨッ!!とだけは言いたくないんですのよねーっ。そーゆーこと言うとスーッと離れていく人たちが東村山には滅多矢鱈にいるような気がしますしね。クソ真面目な人間はクソ真面目な人間しか動かせないってゆーかね。ふと傍らの『市報ひがしむらやま』5月15日号を見れば、「今後も『市民の命を最優先』の理念のもと『みんなで創るみんなの東村山』を基本姿勢とし、愛する東村山のバージョンアップを目指し、全身全霊で頑張ってまいります」と渡部尚市長は書いています。んー、“全身全霊”ですってよっ、オクサマッ!!
     たぶんね、行ったってつまらないよ。出てくるのは暗い話ばっかりだしね。それに、今さらハンセン病なんて関係ないじゃん。エイズみたいに死んじゃうような病気じゃないんだし、親戚にだってそんな人はいないし、らい予防法だってとっくになくなってて消え去りつつある歴史なわけでしょ。でーもね、人生80年だとすると70万時間ぐらい生きてることになるんだけどね、そのうちの1時間か2時間、フラッと行ってみる気になったりしない? そぉかぁ。じゃ、君はハンセン病資料館を見ないままで死んでいくわけだね。結局、縁がなかったっていう、それだけの話さ。じゃ、永遠にさようなら。

    ★国立ハンセン病資料館




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