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    01 Chitoの仮表札

     えっとぉ、5月中旬のこってすけど、ご町内のわんことの定番のお散歩コースで、ウチの事務所からアルッて2分のお宅に新しい表札(↑)が出てるのを発見したわけでございまして、ドナタかが引っ越してきたらしいんですのよね。
     んでもぉ、Choitoって、もしかしたらチョイトさんかしら? んなバカなっ。チョー伊藤さんだったらわかるんですけどね、チョー・ヨンピルは最近日本じゃ見かけないし、チョー長島はワンワンの声で忙しいし、プリティ長嶋は県議会議員になっちゃったし、オコソトノ女王のはせみつこさんは去年お亡くなりになってるし、ったく月日というものはイタズラに移りゆくもんだわさビーフ。
     ンなこと考えながら帰ってきて、ダメモトで「東村山 Choito」でググッてみたら、ChoitoさんのFaceBook(↓)が真っ先に出てきて仰天いたしました。

    02 FaceBook「Choito」

     ほんでもって、コワーキングハウス? 怖い王様の家? スティーヴン・キングの新作? なんのこっちゃと思いながらズラズラと見ていたら、トップページにドッカで見たことのある石巻工房のテーブルの画像が載ってるんですのよね。アッラマァとか思いながら、6月1日(土)にアンだかあるっつーんで、ちょいと行ってみようかしらと思って、おそるおそる喫煙コーナーの有無とわんこ同伴の可否をFaceBookのコメントで問い合わせてみましたら、エーッ!! 室内禁煙だしぃぃぃ、わんこはダメェェェ!?
     ま、今の世の中、ちょいと街を歩くとね、わんこ飼いと喫煙者のマナー違反を警告する看板ばっかですカラッ、肩身の狭いのなんのってね。んでもよぉ、私が年間10万円以上はフンダクられてるたばこ税はいったいどこに行っちゃってるんでしょうかしらね。ハッキリ言ってね、東村山駅の西口と東口の喫煙コーナーぐらいはね、私が寄贈したと言っても決して過言ではありませんのヨッ。
     で、ソノ、ソノってドノ?って話ですけど、アンでしたかしらね。あっ、そーそー、「コワーキングハウスChoitoお披露目会」つーのに行ってみたんですのよね。

    03 Chitoの玄関

     開始時刻の13:00pmに伺いましたら、玄関のところで佐藤まさたかさんにお会いしました。ちょうどウェルカムボードの写真を撮ってツイートなさってるところのようでございました。
     玄関を入るとトーカ堂の、いえいえ、トーカ堂じゃない北さんね。つーか、トーカ堂の北さんはいっつも「ギリギリのお値段」とかって言ってますけどね、アレってホントにギリギリなんですかしらね。ウチの会社の無添加ゲタ履きエステやわんこおやつ稼ぎのクルマ屋なんかはね、あんまり価格がギリギリすぎて経営状態までギリギリになってるんだっテバよぉぉぉ。
     でね、中に入ったんですけどね。まだドナタもいらっしゃらないんですのよね。時間通りに来て誰も来てないのは「ドッグウォークin東村山」とココぐらいのもんですわね。このユルユル感にとっても安堵いたしました。
     内部はとってもオープンな感じでぇ、総床面積100㎡弱の4SLK?の一軒家だから、面積は決して広いっつーワケでもないんですけどね、とにかく無駄なものが一切置かれていないとゆーのもあるしぃ、インテリアは極力シンプルという鉄則を守ってるしぃ、それでいてデスクトップpc2台にWiFiもプロジェクターもUSBカメラもラミネーターも揃ってるしぃ、500円払えば1日中いられるしぃ、フリードリンクでBeerも200円だしぃ、合宿利用も可だってゆーしぃ、これで大容量スピーカーにデジタル孔版&大判プリンターに製氷機に空気清浄機に犬用プールかなんかあった日にゃあね、アタシャ明日から引っ越してヌシかなんかになってるっちゅーのっ。

    04 ChitoのShopCard

     というようなわけで、14:00頃からお披露目セレモニーが始まりました。
     お披露目セレモニーつってもね、塾頭の上坂さんと道場主の北さんのあいさつと、特別ゲストの山川ジャッキーさんの「コワーキング講座」だけなんですけどね。んー、ちょっと驚いちゃいましたけど、この山師、じゃなくて山川ジャッキーさん(コワーキング協同組合理事)のおはなしのワカリヤスサったらないんですのよね。それでも私は80%ぐらい忘れてたりしますけどね。コワーキングってただでさえよくわかんなかったりしますから、こういう潤滑油的なシトがいないとね、特にお役所関係では話がぜんぜん前に進まなかったりするんでしょうね、うん。
     んで、コワーキングハウスってアニかっつーと、その前身としてコワーキングスペースとゆーのがございましてね。これはカンタンに言やぁね、「さまざまな人がpcを持ち寄って同じ場所でシゴトをすることで刺激しあうスペース」みたいなことなんですけど、都会ならそれでも成り立ちますけど、だいたい東村山じゃモバイルpcを持ってる人がいるかどうかもアヤシイですからね。だったら、別にシゴトじゃなくてもいいから、趣味でも遊びでも休息でも勉強でも会議でも討論でも飲み会でも合宿でも法要でも闇鍋でもアンでもいいから、やるんだったらいらっしゃいましなとゆーフレキシブルなハウスつーことなんですわね。

    05 Coworking House Choito Opening

     で、結局私は最後までいたんですけどね。入れ替わり立ち代りいろんな方がいらっしゃいました。いちいち数えてないんで何人いらっしゃったんだかじぇんじぇんわかりませんけどね、少なくとも去年の東村山版株主総会の5倍くらいの人数はいらしてたんじゃござんせんかしらね。
     よくよく考えてみるってぇと、私は佐藤まさたかさんと「らっこの会」のcavatynaさん以外のカタたちとはほぼ全員初対面でございましてね。ま、その代わり、Twitterでおなじみの方々が何人もいらっしゃっていて、ツイッター名は知ってても本名も顔も知らないもんだから、自己紹介するたんびにお互いに「おおーっ、あの○○さんっ!!」と生き別れの遠い親戚に逢ったようなグアイになっておりました。
     ちょっと気になったのは、疾風のようにあらわれてお披露目セレモニーのあたりだけ齧って、サッサと名刺交換だけして帰っていった一団の方々で、一昔前の製薬会社のプロパーじゃないんだから、こんなところで営業活動しなくてもいいのにと思ったんですけどね。ま、よっぽど時間がなかったんでございましょうね。

    06 Choitoのスリッパ

     つーか、私ね、今まではこぉゆぅ地域の集まり?みたいなものにはほとんど参加してこなかったんですけどね。そんな私がアンでわざわざ足を運んだんかっつーとね。やっぱ最大の要因は、幸か不幸か時間のヤリクリが比較的容易な土曜日だったってぇことですわね。んじゃ、なーんでタウンミーティングには行かないのかってぇとね、そんなことは先刻ご承知ですわよね。だいたいね、本当に切実な問題があるんだったら、「市長へのeメール」で事が足りますものね。実際に、東村山わん友会で持ち上がった空堀川緑道の大量袋詰めウンPの問題は、「市長へのeメール」がきっかけで難なく解決していただきましたしね。
     それとやっぱりね、Choitoとゆー命名にしてもFaceBookにしてもパンフレットにしてもね、固定観念やオモネリや妙な下ゴコロがないってゆーか、センスがいいってゆーか、変な言い方ですけど正しい試行錯誤ちぃますかしらね、ソフィスティケートされた知的なニオイがしたんですのよね。アンにしても人を集めようっつーからには、意義や目的よりもセンスのほうが大事だったりするんですのよね。芥川龍之介も「グッドセンスを待たない限り、如何なる幸福も得ることは出来ない。もしそれでも得られるとすれば、炎天に炭火を擁したり、大寒に団扇を揮ったりする痩せ我慢の幸福ばかりである」と言ってますしね。

    07 ChoitoのWelcomeChoco

     私なんかでもいちおー、ヘンシューなんつー仕事をやってますってぇとね、いろんな会合に出なくちゃならない場合も多々あるわけですけどぉ、「あー、ホントに意義深い会合だったワッ」なんつーのはね、10年に1度しかナイッと言ってもいいくらいのモノなんですのヨッ。たいていね、御前会議みたいに杓子定規で終わっちゃうか、飲み会みたいにグダグダで終わっちゃうかのドッチかなんですのよね。
     だいたいやね、日本人ちゅーのはディスカッションつーのが図抜けてヘタでございましてね。ソコには触れないでおこうという変なフィードバック機能が働いて、物事の本質に迫るっちゅーことがなかなかできないんですのよね。森の環境問題を考えようっつーのに木の枝ぶりの品評会みたいになってたりしますからね。
     ソコントコを回避するためのミッションは、思いっきり門戸を開いていろんな意味でタコツボ状態になっている人たちを巻き込んで、適度な刺激を与えてくれる非日常性を持ち込んで参加者の頭の中の壁をトッパラって、未来へ向けた新たな思考を再構築できるかどうかなんですけどね。なーんかドッチから眺めても未来が見えてこない東村山にあっては、このコワーキングという手法がいちばん手っ取り早いカンフル剤みたいな気がしますわね。

    08 ChoitoのWelcomePiizza

     ま、現時点では知名度もイマイチだろうし、これからイロイロ課題も出てくるんでしょうけどね。こーゆー場がムラに出来たっていうだけでね、なーんか初めて東村山がバージョンアップした気がするしぃ、初めてしあわせ大使がやって来たような気がするしぃ、初めて正義の疾風が吹いたような気がしますわよねーっ。
     個人的にはね、早急に佐藤まさたかさん以外の市議会議員を全員呼んで自己批判のゆふべでも催してもらいたいところですけどぉ、たぶん、今呼んでも3人ぐらいしか来ませんわね。将来的にはね、ムラの寄り合いを休んでもChoitoの会合には出とかないとマズイと思ってくれるようなね、知名度と求心力と権威を持ってもらいたいトコなんざんすけどね、それはまだまだ先の話ですわね。だったらモー最初はね、オトナとコドモの遊び場として思いっきりなーんかヤッちゃうしかないですわね。
     たぁだぁしぃ、現在はまだ人員体制がしっかりしていなくて、毎日OPENてぇワケにゃいかないんだそうでございましてね。ホームページもまだ工事中だし、開催予定イベントもサンパルネのイヌションベンホールと変わらない少なさですけど、それでも希望と妄想は膨らむばっかりですわヨッ。

    09 Choitoのリーフレット

     んー、今さらですけどぉ、考えてみりゃあね、サンパルネこそ民間委託のコワーキングスペースにすりゃあよかったんじゃないかと思ったりなんかもしますけど、市の施設だってぇと使うにも制約がワンサと出てくるでしょうしね。将来的にはNPO法人でも作って多彩なイベントを開催して徐々に発言力を強めていって、最終的にはアソコを合法的に乗っ取るという計画もアリですわね。ま、それまでコチトラの寿命が続くかどうかが最大の課題だったりしますけどね。
     もーね、「笑顔あふれる東村山」なんてナマッチョロイのはやめて、将来都市像を「生きててよかったぁぁぁ!!東村山」に変えてもらえませんかしらね。このまんまじゃ死んでも死にきれませんからね。もういよいよとなったらみんなで棺桶を担いで市長室に乗り込んで死のう団みたいに切腹すると。そのくらいの覚悟がなけりゃ東村山なんて変わりゃせんのじゃと。思ってたほうがイイと個人的には思うんですけどねーっ。

    ★Choitoホームページ http://choi.to/
    〔文中の画像は、冒頭の表札のもの以外、ChoitoのFaceBookの画像、山川ジャッキーさんがUpしたflickrの画像を無断借用しております〕

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    |06-08|施設コメント(0)TOP↑
    こしがや名物鴨ネギ鍋

     ソンナコンナで、我らが東村山市の明るい話題ワッちゅーと、東村山駅東口噴水池のカルガモ親子しかないんカイッ!!とボヤきたくなる今日この頃でございますケドッ。
     ま、カルガモさん親子に罪はないんですけどね、アレね、見てるとナンだかね、広報は読まないし市のホームページは見ないし選挙や議会傍聴やタウン・ミーティングなんかには行きゃしないのにっ、実際のところは明るい未来の予兆でもなんでもない見た目がイケてるだけの雑食性鳥綱に、「アーラ、カワイイわねーっ」と市民がワンサと群がっている現象にいささかのアイロニーを感じざるを得ないんですのよね。
     イエイエ、私はナニもね、カルガモ親子を嬉々としてご覧になってる市民の皆さんがホニャだとかそんなことを言ってるわけじゃあーりゃしませんデッ、「ヤイヤイッ、悔しかったらこれっくらい市民からの注目を集めるようなことをやってみろってぇんだぁ、ザマァ見やがれ、無策の殿堂所沢市役所ガッ!!」という、天使のように純粋な気持ちが溢れ出るのを抑えきれないだけなんでございますのヨッ。
     ま、こーんなに次から次へと東村山市民がドッと押しかけるネイチャー・パフォーマンスは滅多にありゃしませんわね。だったらコレを利用して、噴水の周りにパイプ椅子を並べて5月の臨時市議会はここでヤルとか、どうせならツイデに土下座パレードをやっていただくとか、ま、もーちょっと噴水池のお水はキレイにしてもらいたいですけど、都市計画道路の説明会はみんなで水着に着替えてドボンと飛び込んで河童ブギを歌いながらやるとか、だいたいツイッターをやってらっしゃる市長や議員さんなんかでもね、盆踊り用のヤグラを今から建てといて、つぶやきたくなったらすぐに駆けつけてヤグラの上で大声で叫ぶようにするとか、そのほうが実際のツイッターよりどんなに世間に広まるかわかりゃしませんものね。
     カンケイないですけどね、ウォーターとおんなじで、米英の人にツイッターって言ってもぜんぜん通じないんですのよね。無理してカタカナで書くとトゥウィットゥワですかしらね。

    そうだハンセン病資料館、行こう。

     とゆーよーなことで、私ね、東村山市に引っ越してきてから13年?ぐらい経つんですけどね、今まで1度もハンセン病資料館に行ったことがありませんでした。ソリャなんですかしらね、自転車に乗りゃあ20分ぐらいで着くんですけどね、行こうと思えばいつでも行けるワサと思い続けて梅はスイスイ13年、どっちかってゆーと柚子の大馬鹿のほうだったりなんかするんですケドッ。
     んー、やっぱりナンですかしらね、見に行ったってゲラゲラ笑えて楽しいワキャありませんからね、ミナサン食指が動かないのもワッカラナクはないんですけどね。そうかといって社会科見学みたいにオベンキョしに行くつーのも、脳味噌のスポンジが固まっちまいマスカラやめといたほうがよろしいですわね。なんちゅーか、知的コーキシンちゅーんですか、そんなこと言ってて見世物を見るようなBizarre的コーキシンも人間にはちゃーんとあったりするんですからね、これは人類の負の遺産だから1度は見ておくべきだというよりも、ニンゲンちゅーのはクソ真面目に道をハズれるとトンデモナイコトをやらかすなというのが、ハンセン病資料館を見る前から私の頭の中にあったイメージだったりいたしました。

    光田健輔

     ところで、日本のハンセン病対策について論じられる時、決まって諸悪の根源であるかのように引き合いに出されるのが光田健輔(↑)というお医者さんなんですけどね。この人、日本医科大学の前々身の医学校だった済生学舎では野口英世と同期だった人で、病理学を学ぶうちにハンセン病を知ってその撲滅を誓い、ほかの医者が感染を怖がって拒否していたハンセン病患者の病理解剖も率先して引き受けていたといいます。特に1914年(大正3年)に全生園全生病院長に就任してからは、八面六臂の活躍で救済事業に積極的に関わるようになりました。のちに「救癩の父」と呼ばれて文化勲章を贈られるほど賞賛された一方で、戦前におこなっていた強制隔離政策の推進、優生学に基づく強制避妊手術の実行、ハンセン病患者に対する社会的偏見や差別を助長する言動を発するなど、人権無視ともいえる施設管理者としての資質がのちに問題視されるわけですが、それはハンセン病について研究途上にあった当時の日本医学界にあっては仕方のないことだったのかもしれません。
     しかし、すでにハンセン病が遺伝病ではなく、感染力が極端に低い伝染病であることが判明し、治療薬であるプロミンが処方されるようになった戦後になってからも、ハンセン病研究の第一人者としての権威を振りかざし続け、天下の悪法といわれた『らい予防法』の制定にも大きく関わったという事実は決して曲げることができません。
     この人の最大の不幸は、戦後になってもクソ真面目に「祖国浄化」の愛国心を捨て切れなかったことです。その裏には、彼のアナクロニズムな持論展開を阻止できなかった政治家や医師や官僚のうなだれた背中も見え隠れするワケで、ある意味、寄ってタカって光田健輔だけに罪を被せたA級戦犯的処理のニオイもするんですのよね。確かに困ったちゃんのガンコ親父ではあったかもしれないけれど、政治的・金銭的な野望を持っていたわけでもなく、全生病院長や愛生園園長だった時には、研究や患者の処遇改善のためにはポケット・マネーから気前よくカンパを供出していたといいます。それでもやっぱり許せないという思いは、日本のハンセン病の歴史に連綿として記述され続けてるわけですけどね。

    国立ハンセン病資料館

     ハッ、サテッ、サテは南京玉スダレじゃあーりませんけど、肝心のハンセン病資料館を見学してみてどーだったかとゆーとですね、ヒトコトで言って本当にアッと圧倒されました。『ふるさと歴史館』に毛が生えたようなものだろうとタカを括っていましタラバッ、毛どころか手も足も羽も生えてレクイエムの大合唱をしている感じで、ソリャ何が違うかってね、「このことだけはゼッタイに伝えておきたい」という物凄いような思いのカタマリなんですわね。
     アウシュビッツやビルケナウの強制絶滅収容所の展示施設、広島の平和記念資料館や長崎の原爆資料館には、悲惨さをダイレクトに伝える展示物や写真がワンサとあるわけですけど、ここには取り立ててそういうものはありません。だいたい、展示されている写真のほとんどは、「大日本帝国のハンセン病対策はこんなに万全ですヨッ」「ハンセン病患者収容施設はこんなにいいところですヨッ」「施設も充実していて快適ですからミナサンいらっしゃいヨッ」という対外宣伝に使われただろうモノばっかりですから、コレだけ見ていると誰だって「恵まれているなぁ」と思ってしまいます。でも実際には、「ハンセン病患者収容施設に入れていただいて私は本当に幸せでした」と証言している収容者はどこにもいません。そこにあったのは、『楽しい収容者生活』を演じさせられ続けた棄民の差別的ホスピスでした。そういう施設を戦後も継続して存続させたのが、民主主義を標榜していた日本国という国家だというところにね、私たちは底知れぬ不気味さを感じざるを得ません。その根底には、「不快なものはなかったことにしとこう」という戦後日本人の短絡的志向性が横たわっているような気もするんですけどね。

    ハンセン病資料館企画展ポスター

     私が行った時は、常設展示と同時に企画展『かすかな光を求めて―療養所の中の盲人たち―』と『いのちの詩[うた]―塔和子の世界―』を同時開催していました。音声データをヘッドフォンで聴くことのできるコーナーの多磨盲人会ハーモニカバンドの演奏は、どこか哀愁がありながらも透徹した哲学的響きを奏でているような音色でした。1955年に高見順賞も受賞している元大島青松園入所者の詩人、塔和子さんの詩は、表面上は決してラディカルでもセンセーショナルでもなく、長い思索の末に生まれたつぶやきとも言えるような静かな詩ですけど、この人がハンセン病患者であったことを知って初めて理解できるような、ちょっと怖いような非日常的ゆらぎに満ちています。
     1996年(平成8年)に『らい予防法』が廃止されるまでの元ハンセン病患者の人たちの歴史は、確かに国が引き起こした不幸の歴史ではあるわけですけど、ナンダカンダで私がどこか羨ましいという気持ちを抱いてしまうのは、ハンセン病資料館というのが決して“原初にハコモノ在りき”で造られた施設ではなく、最大公約数のニーズに応える形でお役所が仕方なく造った施設でもなく、ましてや事業としての利潤追求を目的に造られた施設でもなく、全国の元ハンセン病患者の人たちの「私たちが受けたような差別を2度と繰り返さないで欲しい」という純粋な思いが集約・結実されて創られた施設であることです。
     でも、やっぱり私はね、ハンセン病資料館が有意義な施設だから、とっても社会勉強になるから、偏見や差別について考えるきっかけになるから、ぜひ1度見学しなくてはダメヨッ!!とだけは言いたくないんですのよねーっ。そーゆーこと言うとスーッと離れていく人たちが東村山には滅多矢鱈にいるような気がしますしね。クソ真面目な人間はクソ真面目な人間しか動かせないってゆーかね。ふと傍らの『市報ひがしむらやま』5月15日号を見れば、「今後も『市民の命を最優先』の理念のもと『みんなで創るみんなの東村山』を基本姿勢とし、愛する東村山のバージョンアップを目指し、全身全霊で頑張ってまいります」と渡部尚市長は書いています。んー、“全身全霊”ですってよっ、オクサマッ!!
     たぶんね、行ったってつまらないよ。出てくるのは暗い話ばっかりだしね。それに、今さらハンセン病なんて関係ないじゃん。エイズみたいに死んじゃうような病気じゃないんだし、親戚にだってそんな人はいないし、らい予防法だってとっくになくなってて消え去りつつある歴史なわけでしょ。でーもね、人生80年だとすると70万時間ぐらい生きてることになるんだけどね、そのうちの1時間か2時間、フラッと行ってみる気になったりしない? そぉかぁ。じゃ、君はハンセン病資料館を見ないままで死んでいくわけだね。結局、縁がなかったっていう、それだけの話さ。じゃ、永遠にさようなら。

    ★国立ハンセン病資料館




    |05-24|施設コメント(0)TOP↑
    東村山郷土かるた

     ソンナコンナで、ふるさと歴史館の前身といえる東村山市立郷土館が1975年(昭和50 年)に製作した“東村山郷土かるた”について、ホームページのほうで「ネット上には画像がナイ!!」と愚痴ってたりなんかしましたらバッ、横丁のご隠居(仮名)に「おめぇよォ、あんだかよォ、たいけんの里たらゆーとこに実物が飾ってあるだいね」と教えていただきました。
     昨年5月にオープンした“八国山たいけんの里”の前の道はわんことの散歩でもう何10ぺんも通ってるんですけどね、あんだかんだで「ペットを連れてのご入場はご遠慮下さい」と書いてあるもんでご遠慮してましたのよねーっ。ちょうどお通夜に行く前に時間があったので、喪服を着たまま(ウソ)犬抜きで自転車で行って参りました。
     ところで、市の予算から捻出された“八国山たいけんの里”の建築費用はざっと3億3,000万円。市民1人あたりだと2,200円ずつ負担していることになります。こりゃね、お通夜と違って行っても香典返しはくれませんからっ、1回見に行っただけじゃ元は取れませんわね。みんなで最低10回ぐらいは通わないとね。
     で、門を入って歩を進めると、んー、なーんか暗い。お通夜とのシンクロニシティ?ってわけじゃないと思いますけど、煙突があったらほとんど火葬場ぁーみたいな。曇天で建物が黒いせいもあるんでしょうけど、施設名の表示プレートは目立たないし、目立つようなポスターもノボリもないし、「寄ってラッシャイ!!見てラッシャイ!!」というような集客へのエナジーがちっとも伝わってこないんですのよね。
     覚悟を決めて足を踏み入れると、だだっ広い館内には4名ほどのおガキ様方が遊んでいらっしゃいました。職員のカタに写真撮影の許可を得てから、しめやかに“東村山郷土かるた”の展示場所をうかがうと、フリーギャラリーの一角に自由に遊べるように置かれた東村山郷土かるたを指差して、ご親類の方からご焼香をじゃなくて、「現物わぁ、こぉこぉにぃ、あるんでぇすぅけどぉ」という戦場カメラマンの渡部陽一氏のようなお返事。えっ!? じゃあ、展示なんかしてないってことですかぁ? 横丁のご隠居が見たのは西洋のホテルの13号室みたいな幻影!? ひぇーーーっ!!
     てゆーか結論から言うと職員の方の勘違いで、隅っこのところにちゃんとパネル展示してありました。イヨイヨ晴れて感動のご対面ちゅーところですけど、よく見たらコレ、読み札のハジッコに小学校名と名前が書いてありましてね、絵も文もみんな当時の小学生が作ったんですわね。それにしてはよくできているというのが第一印象でした。
     んでもって、かるたの内容はコンナン(↓)なっておりますのよっ。

      い 意気高く 鎌倉めざす 義貞勢
      ろ ロウたけた 雅びの森は 八坂神社
      は 晴れた日の 眺めはあかね 八国山
      に 日蓮が かりねの宿の 立川家
      ほ 豊年を 代参が祈願する 御岳講
      へ 平和塔に 祈る市民の しあわせを
      と 都下一番 大きな板碑 貞和の碑
      ち 知識の泉 百年越えた 化成校
      り 利用者が ますますふえる 中央図書館
      ぬ ぬれ道と 思って迷う 逃げ水の里
      る 瑠璃光の 色あざやかな 峯薬師
      を 大幟 祭さかんな 諏訪神社
      わ 和をもって 体力つくる 東村山
      か 鎌倉へ いざとの時の 古い道
      よ 世に古く 知らるる 野口不動尊
      た 建物は 国宝 千体地蔵堂
      れ 蓮華咲く 休耕田 緑あふれる
      そ その昔 狐の住んだ 境塚
      つ 常日頃 おりなすあやは 村山つむぎ
      ね 寝もやらず 都民を守る 浄水場
      な 名も高き 都民の命ささえる 村山貯水池
      ら ライシャワー館 開花の名残り ここにあり
      む 昔のくらしを 今に伝える 郷土館
      う 馬かって 殿様走る 鷹の道
      ゐ 位はいは 石の 板碑保存館
      の 野火止の 用水またぐ 万年橋
      お 大空に ケヤキとカヤと 梅岩寺
      く 久米川の 宿のはずれが 古戦場
      や 柳瀬川 昔にかえれ 魚も住め
      ま 曼陀羅渕 カッパの民話 今残る
      け 元弘の碑 歴史に残る 名板碑
      ふ 笛の音が さえる雅楽 浦安の舞
      こ 小鳥鳴く 北山自然 遊歩道
      え 榎と桜 迷わぬしるし 九道の辻
      て 停車場に 川越鉄道 開通の碑
      あ 足とめて 道中祈る 野の仏
      さ 狭山茶の 香りただよう 村山街道
      き 郷土芸能 しばし見とれる 祭ばやし
      ゆ ゆきかう人の 心いやした 悲田所跡
      め 廻田に 誰が建てたか 瓦塔
      み 水おけを 下げて通った まいまいず井戸
      し 子弟が みんなで建てた 武藤良由碑
      ゑ 笑うかべ 年寄よろこぶ 憩の家
      ひ 陽を浴びて 力をつける 市民運動会
      も モダンな国鉄 武蔵野線 新秋津駅
      せ 千体の 小さなお姿 地蔵尊
      す スマートな 六階建ての 新庁舎
      ん 温公の 彫り鮮やかな 秋津神社

    (※なお、“ろ”のロウの字は本当は漢字なんですけどね、この字はJIS漢字コードの第3・4水準にもなくてブログでは表示できません。本当はクサカンムリに“臈”っていう字です)

     んー、35年という中途半端な時間ながらやっぱり隔世の感は否めませんわね。志村けんによる東村山音頭の大ブレイクは翌年の1976年ですしね。たぶん、中央図書館・憩の家・新秋津駅・市役所新庁舎あたりができたばっかりの頃だったんでしょうね。
     もし、今、東村山郷土かるたを新たに作るとなると、やっぱりどーしても「スマートな 四十階建ての ワンズタワー」「利用者が ますますふえる サンパルネ」なんてゆーのが入るんですかしらね。それだけは御免蒙りたいですから作んないほうがいいと思いますけどね。
     街のウワサでは、東村山市教育委員会主催の“輝け!東村山っ子育成塾”で、おととしあたりまで“東村山郷土カルタをつくってあそぼう!”ってのをやってたらしいんですけど、なぜか詳しい内容は公表されていません。そっちのほうもちょっと気になったりするんですけどね。
     逆光を気にしながらパシャパシャ写真を撮ってると、ソロリソロリと忍び寄る何者かの陰がひとぉーつ。あぁ、ついにあの世からお通夜へのお迎えが来たのかと思ったら、あにはからんや満面の笑みを浮かべた女性職員のカタで、「よかったら収蔵展示スペースのほうもご覧になりませんか?」ということでした。収納展示スペース? 身元不明者の遺骨?じゃなくて、そもそも“八国山たいけんの里”は正式名称を“東村山市埋蔵文化財センター”と申しまして、市内の下宅部(しもやけべ)遺跡の発掘品を展示するために作ったんだそうな、どんとはらい。

    八国山たいけんの里

     で、見ました。これが予想外に面白いっ。詳しいことはほとんどわかりませんけど、ナンデモ下宅部遺跡のある場所つーのは、旧石器時代から集落のあった古代人のパラダイスで、土壌のなかを湧水がちっとんべぇずつ循環しているため、特に縄文時代の有機物の遺構や遺物が腐食されずに奇跡的に原型をとどめているのだそうです。現在は東京都指定有形文化財(考古資料)に指定された“下宅部遺跡漆工関連出土品”を特別展示中です。最近は新しい論文がどんどん発表されて、縄文時代が予想以上に発達した文明を有していたことが明らかになってますけど、それをバャーチャルじゃなくて実体験できるスンバラシイ施設なんですのよね。
     私が特に個人的に魅かれたのは、最近流行りの引き出し式展示になっている土偶の顔の断片でした。なーんとなくですけど、ダースベイダーやサンタクロースやダッコちゃんやレレレのおじさんみたいなのまであって、ントに縄文人の自由な創造力に万雷の拍手を贈りたくなってくるんですわね。
     ほんでもね、いかんせん山のようにある膨大な収蔵品の割には、展示スペースが致命的に狭すぎるっ。ちゃんとしたケースに展示されている収蔵品はホンの一部で、ほとんどの収蔵品がアパレル倉庫みたいな棚にびっしりと箱詰め込まれたマンマですからね。やっぱりここでも結局「あーあっ、なーんか足りない東村山っ」というタメ息が出るばっかりなんですのよね。
     それとやっぱり、なーんか敷居が高い雰囲気が漂ってるんですのよね。そもそもちゃんとした看板がないから中で何をやってるのかワッカリニクイし、建物が敷地の奥のほうにあるのにアプローチの前庭があまりにも殺風景だし、玄関が立派でなまじ受付なんかがドーンとあるから、せっかく無料なのに気軽に立ち寄れない印象を与えてしまっています。某ブログにも「せめて喫茶コーナーぐらいあってほしい」と書いてありましたけど本当にその通りで、ディズニーランドと同じことをやれとは言いませんけど、もうちょっとなんとかね、来館者の期待感を高めるような演出をしたって罰は当たらないと思うんですけどね。このままだと児童館代わりの子どもたちの吹き溜まりで終わっちゃう気がしますわね。
     ま、ここはサンパルネと違って存在意義はちゃーんとあると思いますからっ、市税を投入されることにもヤブサカではございませんけど、どーしてこーも東村山ちゅーのは、いっつもなーんか足りない感じの中途半端なモノばっかりできるんでございましょうね。年末ジャンボ宝くじが当たってればねーっ、10台くらいは土下座からくり時計を市に寄付しようと思ってたんですけどね。よく考えたら買ってなかったりするんですけどっ。んー、人生にナマンダブッ。



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