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    平成27年市民の集いポスター

     寄る年波で、FacebookだったかTwitterだったのかもうわかんなくなってますけど、ある方から「市民の集いに来てみませんか?」というお誘いがございました。でもぉ、『市民の集い』っていったいナニ? 東村山のことだから、なーんかテキトーにテーマだけ決めてナンヤカンヤやる集会?と思ったら、あながち間違いでもない事実をあとで知ってボーゼンとしたりなんかしたんですけどね。
     あとでパンフレットを読み直してみたら、「東村山市『いのちの教育』推進プラン事業」「東村山市いのちとこころの教育週間」「心豊かな子どもの成長を願う」「いのちの大切さや人を思いやるこころを培うために」とサブタイトルが4つも躍っておりましてよ。ソレだけだったらたぶん見に行ってなかったんですけどね、二中演劇部が発表するというのを見て、昭和元禄時代の元演劇青年として食指を動かされてしまいました。

    東村山市「市民の集い」001

     そもそもこの「市民の集い」がはじまるきっかけとなった「東村山市いのちとこころの教育週間」(平成15年制定)つーのは、渡部尚市長は挨拶で「ある痛ましい事件」と言葉を濁してらっしゃいましたけど、ハッキリ申し上げて、市内の中学生4人が大きく関わった『ホームレス集団暴行致死事件』を受けて作ったものなんでございましてね。
     巷では後藤健二さん殺害のニュースが未だに尾を引いてますけど、私を含めた当時の東村山市民にとって『ホームレス集団暴行致死事件』は、頭を金属バットで殴られたようにショッキングなニュースでした。なかんずく教育関係者の衝撃は並大抵のものではなく、「きょういく東村山」などの広報紙は事件に関わる謝罪や決意の記事であふれていたし、ほぼ1年間は教育委員会が喪に服しているような状態でした。

    東村山市「市民の集い」002

     被害者の鈴木邦彦さん(享年55歳)が亡くなったのは平成14年(2002年)1月25日ですから、事件発生からちょうど13年が経過したことになりますけど、かといって、1月25日に慰霊祭がおこなわれたというニュースは耳に入ってきていません。事件現場となったゲートボール場が今は住宅になっているという事情もあるのでしょうが、衝撃の大きさに比較すると風化するのがあまりにも早すぎるような気もするんでございましてね。
     奇しくも昨年、東村山では、やはり中学生3人が逮捕された『失神ゲーム』事件が全国に報道されました。この件についてはさすがに渡部市長もスルーできなくて言及されていましたけど、そういったことも含めて、いったい何が子どもたちを取り巻く環境を劣悪にしているのか。そこには、学歴偏重社会、貧困、ストレス、コミュニケーション不足、いじめなど、大人たちの作った社会の歪みが影を落としています。

    東村山市「市民の集い」003

     だからこそ、『市民の集い』を通じて1人1人の意識に働きかけ、命の大切さを知り、豊かな心を養ってもらいたいという、その趣旨はホントによくわかるんですけどね。その内容がナントモお役所臭芬々とゆーか形骸的とゆーか上から目線とゆーか、市民にその思いがズーンと伝わらないイベントになってやしないかと、思ったりなんかしたりなんかしてるんでございますけどね。
     閉会の挨拶に立たれた町田豊教育委員会委員長が、いみじくも「もう少し若い方たちにも参加してもらえるようなイベントにしたい」とおっしゃってましたけどね。今回のイベントで発表をおこなった中学生と中高年を除くと、そのあいだの世代の来場者がスポッと抜け落ちたようにイナイんでございましてね。ほとんどがジィさんバァさんだらけだから、拍手するにしてもどこかパワー不足で、どーにもこーにも盛り上がりに欠けるんですのよね。

    東村山市「市民の集い」004

     つーか、しょせんお役所である東村山市と同教育委員会が取り組む一大イベントだから、批判を恐れて思い切ったことができないのは仕方ないんですけどね。だいたい東村山市教育委員会ってね、毎年々々、ご苦労様にも「教育目標」つーのを掲げていらっしゃってて、今年度の教育目標の1つに「自ら学び考えて行動する、個性と想像力豊かな人間の育成」つーのがあるんですのよね。
     んでもくさっ、想像力はさておき、東村山市教育委員会そのものの個性とは何ぞやということになるってぇと、ひょっとして誰も答えられないんじゃありませんかしらね。ココだけ話、驚いたことに今年度の多摩五都の市の教育目標って、東村山市を含む3市の中身がほとんどおんなじなんですのよね。アァタね、そんな教育委員会に「個性と想像力豊かな人間の育成」なんてホントにホントにホントにホントにできるんでしょうかしらねーっ。

    東村山市「市民の集い」005

     ま、今日はこのくらいにしといたろカッですけど、話が前後しますけどね。この日の東村山第二中学校演劇部の出し物は『転校生はロボット?!』なんですけどね。森純教育委員会教育長の「開会のことば」、「市内中学生による作文の発表」と続いて聞いていたら、今年の『市民の集い』はロボットまつりかよっ!!と思っちゃったんでありましてね。
     んだってよぉ、ほとんどみんな原稿を見てばっかりで、しぃかぁもぉ一本調子の棒読みだから、音を頭の中で言葉に直してからインプットするという2度手間で理解しなくちゃなんないから、お経みたいでちっとも心に響いてこないんですのよね。だいたいね、子どもたちに文章を書かせてピックアップしたものを朗読で発表させるというのが、公的イベントの安易な常套手段になってますけどね。書いた文章がどんなにすばらしくても、語り手としてもすばらしくないと内容が伝わらないんだっつーのっ。

    東村山市「市民の集い」006

     んで、次の『東村山市立中学校生徒会による発表』にしても、やっぱりナンダカナァとゆー印象で、どーしたってヤラサレ感が漂うんですのよね。東村山市立の第一から第七までの中学校生徒会が『いじめ防止宣言』というテーマで、「私たちの考える『いじめを生まない、許さない学校』をイメージする漢字」つーのを発表しました。その結果が第一中学校から順番に「想」「想」「和」「互」「尊」「育」「和」なんですけどね。あーんまりにも当たり前すぎて、ソリャそぉでしょーヨッという感想しか湧いてこないんですのよね。
     いじめってね、結局は自分の弱さに対するごまかしじゃないかと思うんですけどね。優等性的な正義感とか理想論だけで解決しようとするってぇとね、ナーンカ無理が生じたりなんかしませんかしらね。てゆーか、アタシャ、いじめなんて絶対になくならないと思うんですけどね。世の中を見渡せば、パワハラだとかモラハラだとかは、おとなの世界にはいくらだってあるワケですしね。

    東村山市「市民の集い」007

     いや、確かにね。子どもに作文を書かせたりテーマに基づいて討論させることには意味があると思うし、発表する場を作ることにも意義はあるんでしょうけどね。でも、発表の内容自体が『市民の集い』の来場者を満足させる内容なのかっていうと、はなはだ疑問なんでございましてね。ほうぼうの中学校から「いい子」の演技が得意な中学生を集めてきて、教育委員会はちゃんとやってますということを宣伝しているような感じがしちゃうんですのよねーっ。
     ハッキリ言って、何をしたいかはわかるんですけどね。現在進行形の結論が提示されるだけで、未来へつなげるという具体的なビジョンがちっとも伝わってこないから、ナーンカ対岸の火事を見ているだけみたいになっちゃうんですのよね。だったら、せっかくプロジェクターまで用意してるんだったら、東村山市内の中学校では1年間にどれだけのいじめが発生していて、こんなケースではこんな方法で解決したんだというような、具体的な裏付けも発表してもらいたいんですけどね。ソコントコは「個々のケースについては申し上げられません」てなことで逃げられちゃうんでございましょうね。

    東村山市「市民の集い」008

     んで、いよいよお待ちかねの東村山第二中学校演劇部の出し物『転校生はロボット?!』(照屋洋作)がはじまりました。開巻冒頭は『学園天国』に乗せてのミュージカル風ダンス。でも、歌はフィンガー5じゃなくてキョンキョンなんですのよね。作者の照屋洋さんはさすがに現役の中学校の先生だけあって、現代の子供たちの行動や言葉遣いを的確に捉えていて、台詞の1つ1つにリアル感が横溢しています。
     たぁだぁしぃ、今回の演目『転校生はロボット?!』に限って言えば、物語のプロットに多少の無理があるんでございましてね。最終的にはいじめを受けたロボットの主人公が自殺(エネルギー供給を拒否)して、いちばん仲の良かった友達がこれでよかったのかという問いかけをして幕となるんですけど、ものすごくモヤモヤする終わり方なんですのよね。作者としては観客に「いいわけないじゃん!!」と思わせたいんでしょうけど、起承転結の「転」がないから気持ちがイマイチ伝わってこないんですのよね。

    東村山市「市民の集い」009

     いやさ、どやさ、正直言って二中演劇部のみなさんの演技は、ハツラツとしてとても好感が持てるものでした。でーもね、台詞と台詞の間合いや場面転換の間の取り方がガッタガタなんでございましてね。これは演技の稚拙さ云々というよりも、明らかに稽古不足か演出上の不備だと思うんですのよね。特にこの劇はほぼ全編、10人以上の登場人物が舞台上にいるから、アンサンブルがとても重要になってくるワケですけど、1つタイミングが狂うと台詞のキャッチボールが中断しちゃって、何をやってるかもわかんなくなってくるのでありますよ。
     んー、ソコはやっぱり学校演劇の宿命で、なるべく登場人物を多くして、台詞の量も均等にぬわぁんてやってると、ナーンカ知らないけど台詞が粒立たなくて棒読みになってくるんですのよね。アタシャ、昔、登場人物がたった2人の岸田國士の『紙風船』という芝居を高校生がやったのを見て、あんまりにも出来がよくて驚いちゃったことがあるんですけどね。

    東村山市「市民の集い」010

     いや、もーね、改めて考えてみても、世の中に東村山ほど「個性と想像力」が感じられることのない街はないんでございましてね。何をやっても二番煎じ三番煎じ、かろうじて独創性が感じられるのは『どんこい祭』と『まちジャム』ぐらいでね。オリジナリティのある演劇・映画・文芸・美術方面のアーティフィカルなコンテンツときたら、皆無と言っていいくらいのテイタラクなんでございましてね。
     毎度申し上げてますけどね。全国にはおよそ1,700の地方自治体がございましてね。その中の1,500ぐらいのマチやムラは、ひねもすのたりのたりと延々と続くドングリの背比べをやってるワケですけどね。どぼじで「東村山はホカとは違うんでござるヨッ」という進取の気象みたいなものが生まれてこないんでしょうかしらねえ。ま、それでも渡部尚市長の言動には、さういふ気概が感じられないこともないんですけどね。いかんせん民心を集約する求心力が徹底的に足りないんですのよねーっ。

    東村山市「市民の集い」011

     それはさておき、この日のメーンエベントは、ホカでもない佐藤真海さんの講演『笑顔で、生きる~大切なものは失ったものではなく、今あるもの~』だったんでございますけどね。案の定、講演が始まる午後3時頃になると、どこから湧いて出たのか講演目当ての聴衆がゾロゾロと増えてまいりました。このあたりはサスガッ、市民産業まつりの日本エレキテル連合ライブに殺到した東村山市民の面目躍如たるものがありますわね。
     佐藤真海さんは32歳。若くして骨肉腫に冒されて足を切断したものの並大抵ではない努力をして、走り幅跳びの選手としてパラリンピックに3回連続出場しているという事実だけで、私たちのようなナマケモノはただただ拍手するしかないんでございましてね。穴があってもなくても入りたくなってくるんですのよね。たぁだね、これはあくまで私の個人的な見解ですけど、講演でもドキュメンタリーでも映画でも何でも、ナーンカ最近、何かにつけてみんなで寄ってタカッて感動したがってるような風潮がね、ちょっと気に入らなかったりもするんですのよね。

    東村山市「市民の集い」013

     つーのも、やっぱり「個性と想像力」を養うためにはね、感受性だけあってもダメなんでございましてね。「あーヨカッタ」「あーすばらしかった」「感動した!」「いいね!」というだけで終わっちゃうと、ぜーんぶカタルシスとなって昇華されて消えちゃうような気がするんですのよね。モヤモヤッとしたひっかかりを決してうっちゃらずに脳味噌の奥にしまっておいて、何かにつけて引っ張り出してきてはどーすりゃいいのさとイリュージョン思考することが、いちばん肝心なことだと私は思うんですのよね。
     どーもアンですな、東村山はいろんなことをウヤムヤにしてるような気がするんでございましてね。早い話が、恐れ多くも市役所サマと教育委員会サマの一大イベントにケチを付けるなんざぁ、私みたいなバカが1人だけかもしれませんけどね。たぶん、東村山15万市民の80%ぐらいは『市民の集い』なんて知りもしないでしょうし、15%ぐらいは知ってても見に行こうなんてコレッポッチも考えないだろうし、4.7%ぐらいはそんなつまらないイベントに誰が行くんじゃぁぁぁっ!!とか思ってるんじゃないでしょうかしらね。

    東村山市「市民の集い」014

     会場となった中央公民館の定員は457名ですけどね。ま、多く見積もって客席にいたのが300名としてもですね、3分の1の100名は出演者・スタッフ・来賓のミナサマなんかの関係者でしょうね。んで、やっぱり3分の1の100名がね、お子さんの晴れ姿を見にいらした中学生のご家族ですわね。となるとね、私を含めた実質的な来場者は100名前後だったってぇことになりますけどね。たぶん、そのうちの50名は来たことをちょっと後悔してたんじゃあーりませんかしらね。んで、慈悲深い30名ぐらいが「いやいや、これも意義のあることだから」と我慢して真剣に見ていて下さって、15名ぐらいは「無料なら御の字」とか思っていて、結局、「大変勉強になりました」というのが5名ぐらいで、「涙が出るほど感動しました」という人が皆無と、そんなグアイじゃないでしょうかしらね。
     私だってヤルナとは言わないんでございましてね。ただし、『市民の集い』なんてシミッタレた名前はヨシコさんにしてもらいたいですわね。それと、いじめ撲滅や人権や努力&友情みたいな美辞麗句ばかりにこじつけるのではなくて、本当にみんなが興味を持ってくれて、東村山の未来をパッと明るくするような方向に持って行っていただけませんかしらね。

    東村山市「市民の集い」015

     たまたま今日、Twitterを拾い読みしていたら、「資料屋」(@sir43k)さんが川崎市と東村山市のいじめ防止対策方針に雲泥の差があるのを嘆いておられて、「東村山市って市内にハンセン病療養所というものが存在しているがゆえにポテンシャルはあると思うんですが、いじめへの取り組みはあまりにもあまり。ちっとは反省してくださいね、東村山教育委員会さん。」とツイートなさってたんでありましてね。
     話を蒸し返すようで悪いですけどね。そりゃ「自ら学び考えて行動する、個性と想像力豊かな人間の育成」を教育目標に掲げることも大事ですけどね。そもそも「個性と想像力豊かな人間」にちっともなれていないのが、東村山のおとなたちのような気がするんですのよね。私はもう四半世紀近く東村山に住んでますけどね。この好奇心旺盛な私が、その言動や行動に触れて思わず会いに行きたくなっちゃうような人が滅多にいないんでございましてね。それはやっぱり、「個性と想像力」が感じられないからだと思うんですのよね。

    東村山市「市民の集い」016

     私は何も、東村山市立おとな精神修養道場を作って、毎朝斎戒沐浴して白装束を着て滝に打たれて修行してくれって言ってるんじゃないんでありましてね。もうちょっと柔軟な発想に基づいた、それが触媒となって個々の関係性を深めるような、センシティブなプランを立ててもらいたいということなんですのよね。人間は十人十色ですから、すべての人を満足させるものなんてないのに、ナーンカなんでもすべからく最大公約数ばかりを探し回って、結局、文句は出ないけど賞賛もされない代物ばっかり作ってる気がするんですのよね。
     ヤッパいちばん重要なのは視点を変えてみることなんでございましてね。ま、私みたいにチョコマカ視点を変えるのも考えものだとは思いますけどぉ、思考って煮詰まっちゃうと完全に停止しちゃうんでありましてね。何も考えないのと同じになっちゃうんですのよね。よどみに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて久しくとゞまることなしだとしても、想像力を駆使すればスッポンが月に変身することもあるんでございましてね。どーしてこーも、可能性の芽を摘んで台無しにすることバッカやってるんでございましょうね。

    東村山市「市民の集い」017

     ま、このヘンまで来ると、私も私の言ってることがわかんなくなってきたりもしますけど、つらつら思い返してみるってぇとね、私が子どもの頃には個性的なおとなが大勢いました。学校1つとってみても、今では信じられないようなユニークな先生がたくさんいました。もちろんそれは、イイ意味でもワルイ意味でもですけどね。今だったら大問題になるトンデモナイ先生がいた一方で、いまだにご存命ならぜひとも会ってみたい先生が何人もいます。
     ホントは個性や才能のない人間なんて1人もいないと私は思うんでありましてね。表面上は没個性のように見えても、実際に会って話をしてみると意外な個性や才能がボロボロ出てきます。個性というのは言わば本音なワケですけど、特にお役所関係ではいまだに建前しか言っちゃいけないような風土が根深くあって、そのことがいろんな意味で市民に離反される要因ともなっているのだと思います。もしかすると、教育目標に「個性と想像力豊かな人間」という文言を入れなきゃならなくなってるニッポンという国は、もうとっくに末期症状なのかもしれませんわね。

    東村山市「市民の集い」018

     そりゃ確かに、面白いとかつまらないとかいうのは主観にすぎないんですげとね。やっぱり今の『市民の集い』の総合力としてのパワーがどんどん低下しているのは事実だと思います。だた、それを仕方がないと思って放っておくのか、それとも、フンドシを締め直して新規巻き直しするのか。つーか、そもそも教育委員会の締めてるフンドシってね、文部科学省お仕着せの鋼鉄製のフンドシで、下手に動くと血が出ちゃったりするような気もしますわね。
     これ以上言い出すと教育委員会のソモソモ論になっちゃうんでやめときますけどね。やっぱりイベントって毎回初心に返って取り組まないと、慣れに乗じてどんどん形骸化していくんですのよね。ドッチにしてもまだ人が来てくれるのなら救いがありますけど、せめて東村山市民の300人に1人は来てくれないと中央公民館のホールはいっぱいにならないんでございましてね。次回は満員になることを願って相変わらずのヘダラを締めくくりたいと思います。
     とっぴんぱらりのぷぅ。

    東村山市「市民の集い」019


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    |02-06|イベントコメント(2)TOP↑
    もび郎&じろ吉&多助義兄弟

     えー、アンですな。東村山のアラを探してはヘダラをこくのが当ブログのいつの間にかのコンセプトになっておりますが、ウーンね、初詣に行った先を腐すのはバチが当たりそうだし、市報ひがしむらやまの志村けん対談は快挙だと思うし、出初式については前にやっちゃったし、かといってホカに採り上げたいようなものがあるわけじゃなし、味噌を付けるモンが見当たらないんですのよね。
     んー、そんならばっ、先ずは付ける味噌を自分で作っちゃおうじゃないかということで、王白姫が参加したNPO法人ハナショウブの『第3回手づくり味噌講座』に便乗して取材して参りました。

    ハナショウブ手づくり味噌講座01

     日時は2015年1月25日(日)午前9時、場所は東村山中央公民館の調理教室。んでも、ロビーにやっとこさ駆けつけたと思ったら、本日のご案内スケジュールボードに「ダンスなんたら」はあっても、どこを探しても「味噌」の字がないんですのよね。
     一瞬、場所を間違えたかと思って人事不省に陥りそうになりましたけど、出かける前にネットで確認したから間違いはないはずぅ。んじゃ、職員さんの職務怠慢? ンナコトじゃないかと見当を付けて2階に上がろうとしたんですけど、中央公民館のエレベーターは裏でハムスターが動かしてるんじゃないかと思うほど遅いんでございましてね。ハコが4階まで上がっちゃってるのを横目に足は階段に向いておりました。

    ハナショウブ手づくり味噌講座02

     だいたいね、東村山の中央公民館って、よぉく考えればアクセス抜群だし、構造的にはロヂャース、じゃなくてゴーヂャスですばらしいと思うんですけどね。どぽじでこーも北朝鮮の鍾乳洞みたいなんでしょうかしらね。暗いのは暗いのでいいから、ピンポイント照明でコントラストを強調して、もうちょっとオッシャレーな空間にしたら、黙っていても15万市民のパワースポットになれるんじゃないかと思うんですのよね。
     今年の7月から臨時休館してーの耐震化工事が始まるようですけど、ナーンカね、どうせ工事をするんだったら、サンバルネの産業・観光案内コーナーみたいのぢゃない、人が集まるわらわらスポットを作ってもらいたいんですけどねーっ。

    ハナショウブ手づくり味噌講座03

     クレオソートそれはそーと、2階へ上がっても人の気配がほとんどしないのでありますよ。でも、その中にたった1つ、なーんか赤ちゃんのようなミルクくさい香りが漂ってくる部屋があるような気がしたら、案の定、手づくり味噌講座の会場でございました。
     いらしたのはおなじみ石山さんを筆頭にハナショウブの方々が4人、参加者はグループを含む総勢13人。ちなみに、なーんでこの講座が10組限定なのかとゆーと、調理教室には肝心の大豆を煮るコンロが10口しかないからでございましてね。ホントは講師の後藤浩太郎氏(そら屋テンチョー)もココにいなきゃいけないはずなんですけどぉ、ヨンドコロのない用事で遅刻なさっておりました。

    ハナショウブ手づくり味噌講座04

     んじゃ、みなさん、雁首揃えて何をやってらつしゃるのかとゆーとね。昔、ねるねるねるねというお菓子がありましたけど、味噌はにるにるにるねなんでございましてね。前夜から水に漬けておいた大豆をひたすら煮て、浮き上がってくるアブク(灰汁?)と大豆の皮をとる作業をイヤんなるほど続けなくちゃならないんでありますよ。
     材料は大豆1kg、玄米麹1kg、塩450gとタッタそれだけなんですけどね。水をたっぷり吸った大豆は4倍ぐらいに膨らんでいるので、ぐつぐつ煮えている様はまるで地獄の釜のようなのでありまして、そろそろ半分ぐらい煮えたかなという頃合いにテンチョーも登場なさいました。

    ハナショウブ手づくり味噌講座05

     材料費込みの一般参加費は4,000円と、ちょっとお高いかしらとも思うんですけど、なんといっても材料はそら屋テンチョー厳選の、大豆は高級豆腐の材料として有名な国産ナカセンナリ、今回のために特注で作ってもらった玄米麹、塩は沖縄のシママースで、高級スーパーの味噌コーナーの棚の最上段に載ってるようなお味噌が死ぬほどできちゃうんでありますから、予約殺到なのもむべなるかななんですわね。
     大豆を煮始めてから約2時間、手づくり味噌業界では「親指と小指でつぶせる程度になったら茹で上がり」なんつってますけどね。だったら、アンドレ・ザ・ジャイアントでも桂歌丸師匠でも親指と小指でつぶせる力っておんなじなんですかしらね。なーんか納得いかないんですけどね。

    ハナショウブ手づくり味噌講座06

     煮上がった大豆はザルにあけて、もちろん漉したお汁は捨てないで吾汁としてあとでお料理に使っていただくんですけど、そっから先は擂り粉木、マッシャーなどでひたすら大豆をつぶす作業が始まります。んまー、コレがね、思いのホカ重労働なんでございましてね。アタシらみたいな不精者は、「フードプロセッサーでチャチャッとやっちゃえばイイじゃないのぉ?」とか思うわけですけど、ダメヨーダメダメなんですのよね。
     そのへんが実は味噌づくりの奥の深さなんでございまして、非科学的なことを承知で言えば、味噌には魂が宿るんだそうでございましてね。同じ材料で作っても作る人が違うと味もまったく違うんだそうでありますよ。ま、それほど微妙な違いが味に影響するデリケートなものなんでしょうね。

    ハナショウブ手づくり味噌講座07

     味噌といえば常日頃から疑問に思ってることがございましてね。赤味噌はそんなことはないんですけど、白味噌って買ってきて数ヶ月経つと色や味も変わってくるんですのよね。つーのも、赤味噌が長期熟成で作られるのに対して白味噌は短期熟成で、特に安いお味噌は添加物を入れて余計に熟成を促進させているので、ほっとくとどんどんどんどん熟成しちゃうんだそうでありますよ。
     「味噌の色の濃度が変わっていくのはメイラード反応によるものです」とかゆーそら屋テンチョーの味わい深いウンチクを聞きながら、味噌作りはだんだん佳境に入って参ります。ま、ホントは味噌作りなんて自宅でもできるワケですけど、このナントモ和気藹々の感じが味噌の味わいをさらに豊かにするのでありましょうね。

    ハナショウブ手づくり味噌講座08

     さて、大豆をつぶし終わったら、大きなボウルの中で調合した玄米麹と塩を入れて一気に混ぜ合わせます。次に、混ぜ合わせた大豆を少しずつ手にとって、ハンバーグ作りの要領でキャッチボールしながら空気を抜いて味噌玉を作ります。この味噌玉1つとっても大きさや形が十人十色なんですのよね。
     一見するとカンタンなようですけど、そこはかとない職人技が漂う作業で、なんとなく蕎麦打ちに似たオモムキですわね。ただ、そのへんの味噌作りのカンドコロや疑問については、そら屋テンチョーとハナショウブの経験者およったりが懇切丁寧に対応してくれますからアリガタイですわね。参加者の半数がリピーターだというのもウナヅケる話なのでありますよ。

    ハナショウブ手づくり味噌講座09

     最後に、焼酎で消毒した容器に味噌玉を投げ込んで、空気が入らないようにラップフィルムで蓋をして、袋に入れた塩を重石代わりに載せて、容器の蓋をすれば完成。いやいや、完成はしないんですけどね。なにぶん、本格的な玄米麹味噌とゆーことで、食べられるまでに熟成するのは早くても今年の10月くらいらしいんですのよね。
     いちおー、風通しのよひ冷暗所に保存することになってますけど、昨今の高気密高断熱住宅じゃそんなとこナイから、結局、廊下の片隅に置いとく場合が多いようですわね。んでも、漬け物なんかもそうですけど、未来に向けて熟成しつつある何かが家の中にあるというのは、ナーンカ気持ちを落ち着かせてくれたりするんですのよね。

    ハナショウブ手づくり味噌講座10

     参加者全員の作業がほぼ終わったお昼過ぎ、去年仕込んだ味噌で作ったという豚汁付きのランチをみんなでいただきました。前述のように、ハナショウブさんの活動拠点である中央公民館は、今年の7月から耐震化工事のため臨時休館するんですけど、その直前の6月、毎年恒例の『ハナショウブの仲間展』を開催して移転予定なんだそーです。誰でも何でも出展できる無審査展示会なのでよろしくね。
     ま、われわれ日本人にとっては、ご飯に味噌汁というのがほっこりとする食文化の原点であったりするワケですけど、特に味噌というのは妙に郷愁をかきたてるもので、昔はそれぞれの家に独自の味がありましたけど、最近は量り売りをしてる店が減ったからブレンド買いもできなくなって、我が家の味とゆーのもなくなっちゃったんでありましょうね。

    ハナショウブ手づくり味噌講座11

     んー、でーもね。今回の手づくり味噌講座に参加してみて、改めてどこか一抹の物足りなさを感じちゃうのは、ブッチャケ、味噌作りにかけるエナジーがおうち1軒1軒のお楽しみに集中してて、外部へ向かった発展性につながってないことですわよね。
     アタシャね、ホントは東村山がどーなろうと知ったこっちゃないんですけどね。何の因果が住んでるという行きがかり上、やっぱりテストケースとしててもなんでも、自分の住んでる町はバージョンアップしたいのが人情ですわよね。ただしぃ、まだまだ東村山はテンデなっちゃいないんでございましてね。アチコチで尻に火を付けて回らないとどーにもなりゃせんのんじゃっ。とゆーよーなワケで、今年もダメヨーダメダメな東村山についてはどんどん噛みついていきたいと存じ升田幸三。

    ハナショウブ手づくり味噌講座12


    |01-30|イベントコメント(0)TOP↑
    『どんこい祭2014』見聞録01

    【注意】今回の記事は史上最大の長文です。だからといって何をしてさしあげることもできませんが、どうか覚悟してお読みいただければ幸いです。

    『どんこい祭2014』見聞録タイトル

     『どんこい祭2014』が終わって3週間が経とうとしています。翌週に放送されたJ:COMチャンネルの『ジモトピたまろくと』で大々的に採り上げられたこともあって、その盛況ぷりが改めてクローズアップされました。伝え聞いたところでは、実行委員のあいだからも「今年がいちばん盛り上がったのではないか」という声が挙がっているようです。
     今年の『どんこい祭』の個々のコンテンツやパフォーマンスの評価については、今さら私がここで述べるまでもなく、ご来場下さったみなさんがいちばんご存じの通り、かつてないほどに非常に満足度の高い内容であったと思います。私も個人的には、「よさこい」のストリートパフォーマンスの迫力に圧倒されましたし、今年はハズレの一切なかった東村山グルメを心ゆくまで堪能しましたし、新企画『ムラメン!2014』の誕生は心から祝福したいし、8年目となるイベントをここまで盛り上げた実行委員たちには拍手を送りたいと思います。
     ただ、これから私が書きたいと思うのは、それとはちょっと違う視点から見た『どんこい祭』についての話です。ここ数年来、私の心の中には、『どんこい祭』が本当はもっともっと魅力的なイベントになる可能性があるではないかという疑問がわだかまっていました。ところが、ひょんなことから今年の『どんこい祭』に関わるようになったことで、私の疑問が徐々に氷解していくのを目の当たりにすることになります。
     今回、私は広報紙『どんこい新聞』の編集に携わったほか、写真撮影班のスタッフとして『どんこい祭2014』に参加しました。『どんこい祭』が終わってから数日後、撮った写真を整理していておやっと思ったことがあります。それは、フィナーレの場面でステージに立ち並んだ実行委員たちの顔が、ほとんど全員疲労困憊としか言いようのない表情をしていて、まるでベトナム帰りの米兵のように見えたからです。
     東村山の「まち沸かし」を合い言葉に奮闘している『どんこい祭』の実行委員たちですが、ここ数年、『どんこい祭』は明らかに失速状態にありました。彼・彼女らが本当に心の底から達成感や充実感を享受することができているのかどうか。今、私の心に去来しているのは、賞賛と同情の入り交じった複雑な思いです。
     これまで、『どーすりゃいいのさ東村山』をお読み下さったことのある方は、ヤケに神妙な文章じゃないかと驚かれているかも知れませんが、これが私という人間の真実の姿なのです。というのは冗談ですが、なぜかいつも通りのオチャラケた文章は書けませんでした。たぶん、決して冗談では済ませられない『どんこい祭』の秘密を知ってしまったからに違いありません。
     今年2月、東村山市商工会青年部の某氏の誘いで、私は『どんこい祭2014実行委員会』の『洗い出し大会』に出席させてもらいました。それ以来、ほぼ10カ月間、月に1度の実行委員会にオブザーバーという資格で参加することになりました。
     昨年、私は『どーすりゃいいのさ東村山』ブログ版に、『市民デジャヴまつりスットコどんこい祭』という、『どんこい祭'13』を完膚なきまでにコキ下ろす記事を書きました。だから、実行委員の一部には、「コイツ、どのツラ下げて来やがったんだ」という思いもあったことでしょう。
     しかし、これまで私がブログに書いてきた記事の中で、この『どんこい祭』について批評した記事ほど反響の大きかったものはありませんでした。「いいね!」をクリックしてくれた人の数も、どこかで出会った時に話題にされる件数も、水面下から漏れてくる怨嗟の声も、ホカの記事とは比べものにならないほどケタはずれに多かったのです。私自身は「その通りだ」という賞賛よりも、「トンデモない記事を書きやがった」という文句が出たことにこそ大きな価値があったような気がしています。
     実は私は、昨年も『どんこい祭』の実行委員会に何度か顔を出していたのですが、どこか違和感を感じていつしか出席しないようになりました。では、なぜ今年は関わり続けたのかと言えば、ハッキリとはしませんが変貌を遂げる予兆のようなものを感じたからではないかと思います。
     今、私の目の前には、実行委員会等で配布されたもの、非公開のfacebookグループのページに掲載された議事録をプリントアウトしたもの、私が編集に関わった『どんこい新聞』のために収集したものなどを併せると、ほぼ段ボール1箱分の『どんこい祭』に関する資料があります。
     ですから、その経過について詳しく書いていけば1冊の本が出来上がるでしょう。ただし、それはやめておくことにしました。その代わり、外側から見ているだけではほとんどわからなかったけれども、内側にいることで見えてきたさまざまなことを、たぶん長くなるとは思うのですが、なるべく簡潔に記しておきたいと思います。
     2月におこなわれた『洗い出し大会』というのは、昨年の『どんこい祭』が例年以上のパワー不足だったことを反省する意味で、いろいろな人から忌憚のない意見を聞いておこうという趣旨で、実行委員だけではないさまざまな人々を招待しておこなわれました。
     「東村山らしさが感じられない」「核となるものがなくて何の祭りだかわからない」「毎年代わり映えがしない」「ステージやグルメの段取りがメチャクチャだった」「ヒガシムラヤマンミュージカルがひどかった」「実行委員会が閉じられた組織になってしまっている」「産業まつりとの差別化ができていない」「準備に戸惑って何もかもが見切り発車になってしまった」「ポスターの手配やホームページの更新が遅すぎる」等々々、もうそれだけで『どんこい祭』の最重要課題がすべて噴出してしまったと言っていいほど、驚くほど多彩な意見が寄せられました。
     何もかもが後手後手に回ってパワー不足になってしまった去年のような轍を踏まないことを目標に、今年の実行委員会は昨年よりも早く始動しました。『洗い出し大会』も終わっていよいよ新しい企画についての検討が始まろうとした時、1人の実行委員から改めて提起されたのは、「これから実行委員のベクトル合わせをしておく意味で、どんこい祭の存在理由を改めて明確にしておく必要があるのではないか」ということでした。
     この提言に私は大賛成でした。しかし、事はそうカンタンには進みませんでした。これはあえて書いておきますが、『どんこい祭』実行委員会は、一見すると幕末の志士のような田舎者揃いではあっても、決して新撰組のような一枚岩の組織ではありません。「東村山の魅力を少しでも多くの人に知ってもらおう」という目的は同じでも、その方法論やセンスには違いがあって、しばしば不協和音を奏でているというのが実態です。ただし、必ずしもそれが実行委員会の欠点というわけではありません。むしろ、意見の相違を承知の上で集まった同床異夢の面白さがあると私は思うからです。
     それはさておき、3月の実行委員会は、実行委員長の「今年は明確なスローガンを決めて開催しようじゃないか」という提案から始まりました。しばらく議論が続いたあと、実行委員の1人が「それなら、去年の実行委員会で決めた『どんこい祭アクションプラン』が活かせるのではないか?」と言いました。委員会は中断され、文書のコピーが全員に配布されました。
     『どんこい祭アクションプラン』とは、2015年に実現することを目指して昨年策定された、「①東村山市民15万人が知っているお祭りにする」「②どんこい祭に係わるすべてのことにおいて、やる気のある人がチャレンジできる」「③飲食店以外の元気ある団体や個人にもスポットをあてる」「④東村山独自の踊りを作る」「⑤グッズ販売などで運営費の一部を賄う」「⑥外部団体や個人にどんこい祭実行委員会に参加してもらう」「⑦地域のよさこいチームによさこいイベントの企画運営をしてもらう」という7つの目標のことです。
     そんなものの存在を知らなかった私は、読んでみてその内容に感心しました。これこそ、今までやるべきなのにやってこなかった理想的なプランだと思ったからです。
     ただし、これはあくまで結果論ですが、『どんこい祭アクションプラン』の7つの目標のうち、『どんこい祭2014』で実現できたのは「⑥外部団体や個人にどんこい祭実行委員会に参加してもらう」のただ1項目だけです。ちょっと視点を変えれば、こんなにすばらしいプランが立てられているのに、そのほとんどが絵に描いた餅で終わってしまっているあたりに、『どんこい祭』実行委員会の最大の欠点が露呈しているとも言えるでしょう。
     これは、実行委員会の場でも一部の委員が再三にわたって指摘していることなのですが、委員会で最終的に決められていくプロセスがすべて内部のご都合主義の賜物で、ちっとも外部に開かれた組織になっていないのです。『どんこい祭アクションプラン』でさんざん外部の人材活用を謳っていながら、外部の人を巻き込むようなアクションがまったくおこなわれていないのです。
     かくいう私も、外部の人間として実行委員会への参加は許されたものの、たまに意見を聞かれることはあれこそすれ、しばらくのあいだは具体的な役割については何も提示されませんでした。『どんこい祭』の実行委員会には、私以外にもオブザーバーとして参加した人が何人かいたのですが、不思議なことに『どんこい祭アクションプラン』とは相反して、勝手に紛れ込んできた猫のようなお客様扱いをされるだけなのです。
     もともと、実行委員は全員、商工会青年部か東村山JC所属ですから、『どんこい祭』の実行委員会以外の場でも交流があり、お互いにどんな人間かもよくわかっているのは当然です。しかし、そういった相互理解度や仲間意識のメリットは外部の人間にはまったく通じません。本来なら、オブザーバーの人たちをどうにか『どんこい祭』に引っ張り込むために、どんな形で協力してくれるのかを詳しく知っておきたいと思うはずなのですが、なぜか実行委員のほとんどが私は関係ありませんという顔をしているのです。
     『どんこい祭』の実行委員会が内向きの閉じられた組織になってしまっているのは、おそらく、実行委員会の全体の動きを把握している人間が1人もいないせいではないかと思います。全体の動きを誰もわかっていないくせに、私の守備範囲はココまでだと勝手に決めてしまうから、『どんこい祭アクションプラン』なんて知らないよという空気が横溢することになります。
     いちおう、タテ型のピラミッド構造にはなっているのですが、各部門の担当者が請負業者のように自分の殻に閉じこもってシゴトをしている状態で、関係性のある当事者間以外の意思の疎通がほとんどありません。いちばん全体を把握しているはずの実行委員長でさえ、いわゆる調整役に徹するのが精一杯で、そのことが各部門の作業の効率化を阻止しています。
     全体をバードビューしている人間のいないことの最も大きな弊害は、実行委員1人1人の思いを無視して、イベントの遂行に必要な工程表だけがどんどん独り歩きしていくことです。
     これは、私を含めた外部から参加したオブザーバーの人たちがいちばん驚いたことだと思うのですが、1度決めたはずのプランが、その場の思い付きや雰囲気で猫の目のようにクルクルと変わっていく様は、外部の者にとっては信じられないような光景でした。ほぼ決定したはずのことが急に中止になったり、逆にやめると決めたことがいつの間にか復活していたり、次回までの宿題になっていたことがウヤムヤにされて消えてしまうようなことは日常茶飯事でした。
     確実に言えるのは、『どんこい祭』実行委員会には、仲間同士だけで通じ合う馴れ合い的意識が存在することです。これまでいっしょに協力しあってきた仲間なのでしょうから、多少の同窓会的ノリは大目に見るとしても、ともすると会議体としての一般的なルールを無視した場面が何度か見受けられました。そういう状態のままでは、せっかく外部の人たちに実行委員会に入ってきてもらっても、身内の恥を曝しているようなもので却って敬遠されてしまうように思います。
     数万人規模の来場者のあるイベントを、実質的にわずか10名ほどの実行委員で運営し、しかも、月に1度だけの実行委員会で何もかも決めていこうとするのはあまりにも無謀です。だからこそ、外部の人たちをどんどん巻き込んで軌道修正していくことが喫緊の課題になるはずと思うのですが、残念ながらそれは今年の『どんこい祭』でもほとんどできていませんでした。
     さて、3・4月の実行委員会を経て、徐々に議論も煮詰まって新企画のラインナップが出揃い始めました。
     麺料理の祭典「ムラ麺フェス」、東村山版JUNONボーイコンテスト「ムラメン!2014」、ステージの花道となる「レッドカーペット」、イベント限定通貨「どんコイン」、東村山音頭をフューチャーしたダンスコンテスト「ダンス甲子園」、「ヒガシムラヤマンミュージカル」のリニューアル上演のほか、協賛広告用としてのバックパネルの創設やラウンドガールの採用など、去年とは打って変わった百花繚乱ぶりでした。
     と同時に、私には広報紙の編集をしてもらえないかという依頼がなされました。この広報紙は、『どんくさい新聞』→『どんちゅーの新聞』→『どんこい新聞』と2度の改名を経て、私の記憶では5度の改訂を加えた末に発行されました。ただし、当初は夏休み中の発行を目指していた第1号の発行は、遅れに遅れて開催の5日前にズレ込みました。
     『どんこい新聞』の発行と併行するかたちで、私は次のことをやるつもりでいました。『どんこい祭』に関する最新情報を公開するtwitterの開設、市民との自由な意見交換ができるようなfacebookの開設、紙版では伝えきれない情報を伝える『どんこい新聞Web版』の開設、地域おこしについて語り合う『ほんにゃらカフェ』の開催の4つです。しかし、冒頭の3つは発行が遅れたことから断念せざるを得ませんでしたし、『ほんにゃらカフェ』も告知期間が短すぎたために1度も開催されることはありませんでした。
     これはいまだにその理由がわからない謎の1つなのですが、『どんこい祭』は東村山の「まち沸かし」を大前提の目標としていますし、前述の『どんこい祭アクションプラン』でも外部との連携の重要性が指摘されているのにもかかわらず、いわゆる広報の機能が致命的なほどにお粗末なのです。公式facebook・公式twiiter・公式Webサイトに加え、委員会やグループに特化したfacebookのページもあるにはあるのですが、そのほとんどが後手後手の通りいっぺんの告知をしているだけなのです。
     イベントというものは本来、参加・協力してくれる人たちをターゲットにしたアクションが最重要のはずで、広報が戦陣を切って進まなければ道が拓かれないもののはずです。しかし、本当ならイの一番にやらなければならない人材募集の呼びかけも、危機感を感じた2人の実行委員がネットの片隅にチョロッと書き込んだだけで、本格的な人材募集はついにやらずじまいでした。自分たちでわざわざ袋小路を作っているような状況には唖然とするしかありません。
     『どんこい新聞』の発行が遅れた原因としてはさまざまな事情が影響しています。おそらくいちばんの原因は、私のテキストの洒落がキツすぎたせいだと思います。それは、私なりの実行委員たちへの秘められたメッセージでもあったわけですが、ごく一部の人たちを除いて反応はほとんどありませんでした。
     『どんこい新聞』を編集する上でとにかく困ってしまったのは、開催日まで2カ月を切った時点でも、未確定事項があまりにも多すぎることでした。何もかもが土壇場まで決められないという状況の源流を遡ると、そこには『どんこい祭』の明確なビジョンが描けていないという過去が浮かび上がります。ビジョンを共有できていないせいで、何もかもがイスカの嘴の食い違いになっているという印象がものすごくあるのは、決して私だけではないと思います。
     10・11月の実行委員会は、当然のように驚くほど多種多様な問題が噴出しながらも、まるでモグラ叩きゲームのように1つずつ潰してクリアしていく作業が繰り返されました。そのあたりには、これまで7回の修羅場をくぐり抜けてきた実行委員たちの面目躍如たるものがあります。
     しかし、そういったドタバタ劇が常態化していることの裏側には、乗り越えなければならない壁がいつしか固定観念化され、足に靴を合わせるのではなく靴に足を合わせるような、無理な体制をとることでしかイベントを完遂できなくなってしまった、大きな自己矛盾を抱えた組織になっている事実があるように私は思います。なまじ8年続けてきた実績があるだけに、路線を大きく変えることに臆病になってしまっているような気もしました。
     振り返れば、2月の「洗い出し大会」はとても大きな進展でした。ただ、個々の問題を可視化することはできても、『どんこい祭』の原動力であるエンジンが8年前の旧式のままではガソリンを食うばかりです。やはり体制を抜本的に変えることができなければ、このドタバタ劇は永遠に繰り返されることになるのではないでしょうか。
     いや、もちろん、私だって『どんこい祭』の実行委員たちが頑張っていないなどとは決して言いません。私がこれまで見てきた数々の団体の中でも、『どんこい祭』の実行委員会は東村山ではいちばんアツい集団だと思っていますし、東村山を変えていこうという強い思いがなければ、これほどのエナジーが集結することもないでしょう。
     ただ、およそ10カ月にわたって実行委員会を見続けてきた私の印象としては、おそらくそのエナジーの4分の3ぐらいを無駄に消耗している気がします。東村山を変えたいんだという点での思いは共有していても、どんな方法で、何を目的に変えていくんだという具体性のあるイメージが共有されていないせいで、いったん何かについて問題が起こるたんびに、今さらながらベクトル合わせに無駄な時間を割いているのを見ていて、そんな議論はもっと前にやっといてくれと思ったのは私だけではないと思います。
     月に1度の実行委員会でやれることには限界があるし、毎年毎年、大変な思いをして波を乗り越えているわけですが、やはりどこかでカラ回りをしているという印象は拭いきれませんでした。もう少し効率的な組織運営ができないものかと何度も思いました。
     せめて不協和音の1音1音を微妙に調整して、心地よい音にしていくような芸当ができていれば、『どんこい祭』はそのコピー通りの誰もが認める「東村山最高のお祭り」になっていたかもしれません。しかし、そうなっていないのは、不協和音を修整するのではなく、折り合いを付けた同じ音だけを残して他の音を消してしまうために、ただ単調な単音だけが鳴り響く、地方都市ならどこでもやっているような「わかりすぎる祭り」になっているせいです。これはあくまで私見ですが、祭りには「わけはわからないけど潜在意識を呼び覚まされるような音」も必要なのではないかと思うのです。
     今年の『どんこい祭2014』は、会場となった天王森公園にほぼ1日中いた私の率直な印象としても、文句なしに大盛況であったことは間違いありません。やはりいちばんの理由はグルメブースが格段に充実していたことでしょう。さらに2日目に限って言えば、『市民産業まつり』の日本エレキテル連合目当てに押し寄せた群衆がドッと流れ込んできたことも大きな要因です。『ワクワクよさ恋』や『ムラメン!2014』や『アルパカのきなこ』も、集客力を高めるための重要なコンテンツであったのだと思います。
     でも、それなら『どんこい祭2014』が来場者の人たちに強烈なインパクトを与えることができたのか、東村山の魅力を存分に味わってもらうことができたのか、厳しいことを言うようですが、「まち沸かしイベント」として大成功を納めることができたのかとなると、はなはだ心許ないのも事実だと思います。これは今年に限りませんが、『どんこい祭』実行委員会には「現場監督ばかりでプロデューサーもディレクターもいない」というのが、これまで『どんこい祭』を遠巻きながら見てきた傍観者としての正直な感想でした。
     『どんこい祭』の実行委員会は、今年の場合を例に挙げれば、実行委員長とお目付役の副実行委員長の下に「総務」「ステージ」「グルメ」「ヒューマンリソース」の4委員会が配置され、それぞれの担当委員長が最高責任者として君臨します。いや、君臨とはいっても、もともとがボランティアで集まった人々を動かしていくことになりますから、多少の権限は委譲されているものの、一般企業の管理職のように強制的に職務命令を下すようなことはできません。やってくれる人がいなければすべて自分の力量で処理していくしかありません。
     ここ数年、『どんこい祭』が失速状態にあったことを、いちばん身に沁みて感じているのは委員長の彼らなのです。だから、なんとかして脱却点を見出すべく知恵を絞るわけで、「何かいいアイデアはないかな」というのが実行委員会のお題目のようになっています。私の記憶では今年も20ぐらいの新企画がラインナッブされましたが、「予算がかかりすぎる」「準備期間が足りない」「実効性が未知数だ」等々の理由からどんどん削られていって、純然たる新企画として残ったのは『ムラメン!2014』と『どんコイン』だけでした。
     「東村山最高のお祭り」の実行委員である以上、本当は誰だってインパクトのある新プロジェクトをやり遂げたいと思っているはずです。官民の諸団体や企業からの善意の協賛金によって成り立っているイベントですから、外部からは伺い知れないさまざまな制約やシガラミがあるという事情もよくわかります。しかし、現在のような充実感や達成感の感じられない状態を続けていたのでは、「こんな思いまでして頑張っているのに今年もこんなことしかできなかったのか」という悔しい思いが毎年のように蓄積されていくばかりです。
     『どんこい祭』の実行委員会にはもう1つの大きなネックがあります。それは、共催2団体の入会資格が揃いも揃って「40歳以下」となっているため、当然ながら主要ポストをアラフォー世代の人材が一手に担うことになることです。しかし、アラフォー世代といえば、会社員であれば課長補佐あたりにはなっている、実行部隊の最前線で働く自由な時間がほとんどとれない世代です。そのため、『どんこい祭』のために割ける時間は夜間と休日に集中することになり、それが大きな負荷となって彼らにのしかかります。
     さらに恐ろしいことに、実は『どんこい祭』の実行委員の多くが、『どんこい祭』だけではなく東村山の他のイベントにも大きく関わっています。「イベントに行けば『どんこい祭』の実行委員にあたる」といっても決して過言ではありません。どこのイベントでもたいてい人材が足りないから、持ち回りでの掛け持ちを余儀なくされている東村山の諸事情もわかるのですが、肉体的には問題ないとしても、精神的な集中力が分散してしまうことは否めません。『どんこい祭』の実行委員会のなかにどこか漂っている投げ槍な空気の原因には、誰もがみんな忙しすぎて疲れてしまっていることとも関係があるような気がするのです。
     これは『どんこい祭』だけの問題ではありませんが、そもそも東村山には、地域の情報を総合的かつ効率的に伝えられるような情報伝達媒体が1つもありませんし、コミュニティを広げるようなネットワークも確立されていません。何もかもが友達経由の横のつながりだけをたどって協議され、すべてが水面下でいつの間にか決まっている感じがします。何がどうしてどうなったというようなプロセスがまったく見えてこないから、趣旨に共感することはあってもどう関わっていいのかわからないというのが、時に無関心派と呼ばれている多くの市民の正直な思いだと思うのです。
     では、『どんこい祭』実行委員会は来年に向けてどう変わるべきでしょうか。もちろん最大の目標は『どんこい祭アクションプラン』の完全現実化です。今、改めて考えてみても、私は比較的懇意にさせてもらっている5人ほどの人たちを例外として、そのほかの実行委員の人物月旦についてはまったくといっていいほどに知りません。だから、共生意識や一体感のようなものがほとんど湧いてこないのです。実行委員会に顔を出していた私さえもがそうなのですから、一般市民はさらに輪をかけて感じられないだろうと思います。
     名前と開催日ぐらいは多くの市民の頭に入っていても、内容についての認知度は極端に低いのが現状です。『どんこい祭』がどういうイベントで、どんな人たちが関わっていて、どんな思いで開催されているかをもう少し伝えることができていれば、市民の対応も自ずから変わってくるはずだと思うのです。私たちが、俳優やタレントやスポーツ選手に注目するのは、マスコミによって膨大な情報がもたらされているお蔭です。情報が入ってくるからこそ、私たちは一面識もない人にも親近感を感じて期待したり応援したり関わってみようと思ったりします。
     今年、私は会社の事務所に『どんこい祭』のポスターを貼ったのですが、それを見た来客者からいちばん多く発せられた言葉は、「『どんこい祭』って『市民産業まつり』とどう違うの?」というものでした。東村山市出身の若いデザイナーは、「オレも地元の人間だから地域に関わりたいとは思ってるけど、このポスターじゃとても中には入っていけないっスね」と言いました。私は実行委員ではありませんが、やはりちょっと悔しい気持ちがしました。
     多くの東村山市民にとって『どんこい祭』は、去年まではまさに私もそうだったわけですが、うどん目当てに行って食べてはみるし、ステージでYOSAKOIをやってるから見てはみるし、アルパカもいるから写真を撮ってはみるし、暇つぶしに会場を1周してはみるけど、どこの誰がどんな思いを籠めてやってるかもわからない得体の知れないイベントなのではないかと思います。日本全国には約1,700の区市町村があって、それぞれが何らかの地域イベントを開催しているわけですが、『どんこい祭』が東村山の魅力を発信している独創的なイベントだと、果たして今年の来場者の何人が思ってくれたでしょうか。
     『どんこい祭』には、なんとなく笑顔になれる茫漠たる魅力はあっても、知的好奇心を呼び覚ます磁力のようなものが決定的に欠けています。「東村山の魅力を伝えたい」などというマドロッこしいことを言う前に、本当は『どんこい祭』自身が東村山の魅力になっていなければなりません。究極にまで理想を突き詰めれば、イベントに求められるのは「快さ」でも「癒し」でも「感動」でもなくて、「人間としてのステージを上げてくれる跳躍台」としての役割です。単に「近くでやってるから簡便に欲望が満たされてうれしい」というのでは、そこら中にあるコンビニと存在理由が同じになってしまいます。
     これはあくまで私の個人的な希望ですが、やはり東村山の既存のものを紹介するのは『市民産業まつり』のほうに任せて、『どんこい祭』にはもっともっと実験や挑戦をしてほしいのです。今年の『どんこい祭』に変貌の予兆があったことは前述しましたが、それはやっぱり予兆で終わってしまったような気がします。化学変化が起きたように見える場面は何度もあったのですが、それはSTAP細胞のようにいつの間にか消えてしまいました。いや、まだまだ変革の遺伝子はどこかに残っていると思うのですが、それを育てようとするエナジーが、年々モチベーションが低下しつつある実行委員会にまだ残っているのかどうか、そのあたりの見極めが来年の『どんこい祭2015』の運命を決定するのだと思います。
     問題は山積みですがすでに顕在化しています。あとは解決策を講じるだけです。ただ、改革にはやはり覚悟が必要なのです。少なくともいったん「まち沸かし」という旗を掲げた以上は、たとえシロウトではあっても真剣勝負をしなければなりません。たとえプロデューサーやディレクターとしては未熟でも、「まち沸かし」の提唱者としてはプロ志向でなければなりません。論議が煮詰まってしまったら、自分の係累ではない外部の人の意見をぜひ聞いてみるべきです。ちっとも進歩していないと思ったら、それは何かが間違っているせいだと思ってプランを変えてみなければなりません。改革とは、変化する自分にシンクロナイズしてまわりの環境が変化していくことです。
     もちろん、そんなのは駄文屋の描いた夢物語だと言われれば私はスゴスゴと退場するしかありません。ただ、変革でいちばん重要なのは理屈ではありません。「変えたい」という気持ちです。気持ちが気持ちを動かしてこそ、そこに連鎖反応やシナジーが生まれます。たぶん、『市民産業まつり』も『どんこい祭』も最初はそうであったはずなのです。規模が大きくなればなるほど、マンネリ化すればするほど、当然のように求心力は低下します。年中行事の1つとして定番化すればするほど、モデルチェンジはむずかしくなります。もし、そこから脱却したいのならば、小手先のリニューアルではなく換骨奪胎の構造改革をしなければなりません。
     ここだけの話、今年の『どんこい祭2014』は大盛況だった反面、寄せられたクレームの件数も最多だったように仄聞しました。もし、現状のままではイベントの運営・管理に無理が生じるようなら、来年以降は規模を縮小することも視野に入れるべきだと思います。いや、クレームの件だけではなく、『どんこい祭2014』実行委員会に対する不平・不満の声は、さまざまなところから私の耳に入ってきます。
     『どんこい祭』の実行委員会がムラの征服を企てる悪の巣窟だなんてことは私も言いません。まぁ、実行委員会の時はブスッとして挨拶をしてくれない人もいたりもしますが、1人1人に面と向かって話してみると間違いなく善男善女なんでありましてね。しかし、「まち沸かし」を成功させるためには何を最初にやらなければならないかという、プライオリティがものすごく間違ってる気がします。「そんなことをやってる前にコッチをやれよっ」ということばかりなのです。人間というのは不思議なもので、「大」と「犬」ぐらいの違いだとすぐに気付くのですが、「体」と「體」ぐらいに違ってくると、どこが違っているのかわからなくなってしまうのです。
     ほぼ10カ月間、『どんこい祭』の動向を見続けてきた私の正直な感想は、佐藤まさたか市議の会派名じゃありませんが「ちゃんと変えよう!どんこい祭」なのであります。
     有り難いことに、というか残念なことに、人間はいつか必ず死にます。相当に耄碌している私もいつまで生きられるかはわかりませんが、果たして来年の『どんこい祭2015』がどうなっているのか、それだけを楽しみにあと1年生きてみたいと思います。

    『どんこい祭2014』見聞録02



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    『まちジャム』001

     つーことで、ご推察の通り『まちジャム』についてのヘダラなんでございますけどね。
     話は前後しますけどね。2日目の午後、野暮用があったので後ろ髪を引かれる思いで『にわジャム』をやっていた東村山中央公園をあとにした時、富士見公民館の入口のところで、ま、決して人を外見で判断してはいけないんですけどね。誠に失礼ながらぼぼ97.4%ぐらいの確率でホームレスだと思われる小父さん、ま、コッチだって普通のサラリーマンだったら定年間近のヂヂィなんですけどね。
     そのホームレスの小父さんがおもむろに近付いて来て、「今日、音楽やってるって聞いたんだけど、やってる?」とおっしゃったんで、「ええ、『まちジャム』っていうのをやってますよ」と答えたらニッコリと一礼して、駆け出すように会場に向かって去って行かれました。
     私よりちょっと年上の感じだったから、たぶん、モロ、ビートルズ世代かアニマルズ世代ですかしらね。ドッチにしても、尾羽打ち枯らしたホームレスの小父さんの心さえもウキウキさせる音楽のチカラって、ホントにすごいなと思いました。
     でも、その一方で、前回の記事の最後のほうにもチョロッと書きましたけどね。うーん、ナンガタナァという感じは正直言っていまだに拭い切れないんでありますよ。

    『まちジャム』002

     東村山が文化不毛の地であることに異を唱える人はほぼいないと思いますけどぉ、んじゃ、その「文化」ってなんじゃいっ!!てぇことになると、やっぱりソラァね、文字通りバケラッタ、つまり「化け」られるかどうかということなんだと私は思うんでございましてね。
     で、「バケる」ってえのはいったいなんだってぇと、個人的にはね、ホカにはない魅力があるからこそ人がどんどん集まって、シナジーが生まれてプラスアルファの新たな価値を生み出せることだと思うんですのよね。
     「東村山が音楽のまちに変わる!」というあまりにもストレートなコンセプトは、東村山市民の潜在力を顕在化させるという意味ではとっても大きな価値があるんだと思う半面、ハッキリ言って内容は既存のモノを東村山に植え替えただけなんですのよね。
     ソコにどんなにすばらしい共感が生まれたにもせよ、意外性や新規性や独創性がナイということは、あるカテゴリーの人々の期待感を確実に萎ませてしまうんだという事実を無視して突っ走ってしまっているような、ソコントコが本当にモッタイナイ、モッタイナイなぁと思うワケなんでございましてね。

    『まちジャム』003

     私が『まちジャム』のことを知った時に最初に感じた疑問は、「どうして音楽だけなのぉ?」ってことでした。音楽をやりたがっている人がやり、音楽を聴きたがっている人が聴く。んで、ツイデにふらっと立ち寄ってくれた人が楽しんでくれたらいいなぁという意図はとってもよくわかるし、その意味では大成功だったと思うんですけどね。
     んでもぉ、やっぱり残念なことに、ヤルことの内容が丸わかりで実態もその通りだから、「へぇぇぇっ!!」「おおーっ、ヤルじゃん!!」「来たかチョーさんマイケル・ホイ!!」っていう部分がほぼ皆無なんでございましてね。ま、このヘンから先は偏屈なヂヂィの繰り言だと思っていただければイイんですけどね。もうちょっと度肝を抜かして下さいよぉぉぉっ!!というのが正直な感想なんですのよね。
     私の頭の中をチラッとヨギったのが、昔、劇団天井桟敷が阿佐ヶ谷の町全体を舞台に上演した『市街劇ノック』でございましてね。ま、アソコまでスキャンダラスなものをやれとは言いませんけど、なーんかね、違う意味での働きかけさえあったら、もっともっと多くの人たちが興味を持ってくれたし、もっともっと遠くからも足を運んでくれたような気がしてしょうがないんですのよね。

    『まちジャム』004

     これは『まちジャム』に限りませんけどね。ヤッパ何かにつけて東村山の気風ちぃますかしらね。どこか一部の特定の団体が盛り上がってヤッてはみるものの、東村山市民のいちばん多くを占める無関心派市民の存在はいっつも無視されたまんま進んじゃってて、ナーンカ何もかもが全部水面下の秘密会議で決まってる感じでぇ、共感を伝播させるメッセージみたいのがチィットモ伝わってこないんですのよね。
     特にイベントっつーのは、時には期待を裏切るような「行ってみなくちゃわからない」イリュージョン的な魅力があって欲しいと思うんですけどね。どーも『まちジャム』のパンフレットや公式サイトやfacebookをいくら見てみてもね。「行かなくてもわかっちゃう」情報ばっかりが載ってる気がするんですのよね。
     そのヘンが「東村山が音楽のまちに変わる!」というコンセプトだけじゃどーにも補完できていなくて、「音楽で東村山のまちを変える!」っていうトコまで行ってない気がとってもするんですのよね。
     もーちょっとなんかね、他市の人たちさえもが魅力を感じて押し寄せてくれるようなイベントになってもらわないとね、東村山駅西口再開発事業とおんなじで仏作って魂入れずになっちまうんだっつーのっ。

    『まちジャム』005

     あのね、私がこぉゆぅキビシィーッことを言うとね、「でも、シロウトには無理じゃん!!」とゆー何とおっしゃるウサギさんな方がいらっしゃったりするんですけどね。決してそんなことはないんでございましてね。
     確かに、シロウトって奴はどうしてもなかよしごっこになりがちだし、直感力や判断力に欠けるようなところがあるから、気が付くといつの間にか裸の王様だらけになってる可能性も高いんですけどね。でーもね、本当はクロウトよりもシロウトのほうが、自由に議論したりブレインストーミングしたりする場はたくさん作れるはずだと思うんですのよね。
     どーもアンでげすな、これは東村山に限らずシロウトのイベント全般について言えることですけどね。なーんか、どうせシロウトだからこの程度で御の字だとか、ココまでやっとけばいいやとか、向上心がないとゆーか究極まで考えてないとゆーか、何もかもがフワフワ浮いてる中途半端の、志はあってもそれが伝わらないで自己満足にしかなっていない、朝三暮四でゴマかされているようなイベントが全国には掃いて捨てるほどあるワケですけどね。その掃いて捨てるほどあるイベントの1つから脱却するためには、本当の意味で人と人の心を強烈につなげる独自性とインパクトがなきゃダメヨーダメダメなんですのよね。

    『まちジャム』006

     あのね。そりゃアタシだってね、『まちジャム』がつまらなかったとは言わないんですよ。個性豊かなアーティストが集まったすばらしいイベントだとは思ってるんだってばよぉぉぉっ。もーね、こんなイベントをやられちゃったら、音楽にインスパイアされちゃう人種と、イベントに触手がピクピクしちゃう人種は黙っててもウジャウジャ寄って来るんだっつーのっ。
     でーもね、やっぱりアータね、『まちジャム』が東村山で開催されなければならない必然性がほとんど伝わってこないし、かといって強烈なインパクトを与えるような主義主張もないから、ナーンカね、俳句にしちゃうと「ムラヤマで音楽やったらまちジャムだ」みたいなぁ、波瀾のなさが求心力を分散させてしまっているような気がするんですのよね。
     ソレは行ってみて初めてわかることじゃなくて、公式サイトやfacebookやフライヤーやパンフレットからそっくりそのままイメージされちゃってて、実際に行ってみたところでお化け屋敷や見せ物小屋みたいなワクワク感が感じられないんでございましてね。確かに一部のアーティストの方たちは、楽曲やMCに東村山を盛り込んでらっしゃいましたけど、ナーンカね、ココロにちゅどーんと来るモノがないんですのよね。

    『まちジャム』007

     ま、私が今回、見さしていただいたのは2日目の『にわジャム』だけだから、そんな奴に『まちジャム』をカタってもらいたくないワッというご意見も当然あると思うんですけどね。んでもぉ、天幕のナカに入っちゃって見てるととってもスンバラシク見えるんでしょうけど、地域の活性化とか町おこしという天幕のソトからの視点で見るってぇとね、なーんかスキだらけのイベントのように私には思えるんでござるよ。
     やっぱアレなんざんしてね、ナーンカもう最初から最後まで、可能な限りコンテンツを詰め込むだけ詰め込もうという目論見だけでだけで突っ走っちゃった感じでございましてね。アタシらヂヂィはもうね、いったい『まちジャム』のどこに価値を見出していいもんだか何がなんだかワカラジオなんでございましてね。
     そりゃま、確かに東村山では未だかつてないほどこの1ヶ月間の勢いはスゴかったと。んだから、実行委員やサポーターのみなさんには最大限の賛辞を送りたいと思うんですけどね。でもやっぱり、終わってから月日が経てば経つほどね。エナジーがすごかった割には、いったい全体ソレで東村山のドコが変わったんだぁ?とも思っちまうワケでしてね。ま、特に若い人たちの東村山に対する思いとフラストレーションが表に出てきたってことはソレはソレでウレシー気もするんですけどね。

    『まちジャム』008

     とにかくぅ、この程度の『まちジャム』なんつーイベントなんかで決してゼッタイに満足はしてもらいたくないんですのよね。ま、かといって、ココが駄目だったとか、アソコが駄目だったとかゆー反省会なんかもやって欲しくはありませんけどね。
     そもそも、『まちジャム』ってね。イキナリ飛び出てジャジャジャジャ~ン!!のイベントじゃなくて、その母胎として2011年からサンパルネでやっていた『アートジャンボリー』つーのがあって、ダーレカさんが大幅に肉付けするカタチで本格化したらしいんですけどね。
     んだから、その意味では今流行のナレッジ・イノベーションと言えないことはないんでしょうけど、それにしちゃっ、総合的な情報戦略体制がね、外部の人間をカタッパシからどんどん巻き込む構造にはなってないんでございましてね。ま、東村山ってドコもカシコもね、情報が仲間ウチにしか伝わらない構造になってたりもするんですけどぉ。ソコはおいといてぇ。
     なんつーんですかしらね。コンナ人が何時何分からココでやってますという程度の告知の仕方だけではね、情報に付加価値が生まれないから、もーちょっとプッシュしとけば来てくれてたはずの市民をたくさん取りこぼしてる気がするんですのよね。もーちょっとナンカね、多面的なアピールつーものはできないんもんでしょうかしらね。

    『まちジャム』009

     それとね。これは『にわジャム』しか見ていない私の眼鏡違いかも知れませんけどね。どーにも気になっちゃったのは、出演されたアーティストさんたちのイレコミ具合に温度差があって、決して手を抜いてるってぇワケでも盛り上がっていないワケでもないんですけどね。遠慮とゆーか戸惑いとゆーか、なーんかゴチャゴチャッとした精神状態のまんまで、会場の雰囲気に自分たちを溶け込ませるのにとっても苦労していらした気がするんですよね。
     ま、オリンピックの開会式じゃないんだから、ソコまで総合演出なんかしてられるカイッという気持ちもわかるんですけどね。メリハリがないとゆーか緊張感がないとゆーか、どーにもこーにも演者さん側のノリがイマイチだった気がしたんですのよね。それはプロだからできてアマチュアだからできないというようなことではなくてぇ、オペラでいうとアリアが最高潮に達した時の高揚感ちぃますかしらね。そぉゆーモンがなかった気がするんですのよね。
     なんつったってこの2日間は、特に掛け持ちの多いアーティストさんにとっては、過密スケジュールと長距離移動と炎天下との戦いだったと思うんですけどね。中心軸とゆーかメーンテーマとゆーか、そぉゆーモノのないゴッタ煮の面白さも確かにあったかも知れませんけど、何か通奏低音のようなテーマはあったほうがよかった気もしますわね。

    『まちジャム』010

     ま、だいたいね、「人と人 人と緑が響きあい 笑顔あふれる東村山」なんて言っときながら、東村山は市民活動全体をバードビューで見られるサイトや人的資源データベース的なサイトがヒトッツもない町ですからね。『まちジャム』にしたってね。もし渋谷の公園通りでやってたら屁でもないイベントだったでしょうけどね、東村山でやるとアラ不思議、ムラを揺るがすような大事件になっちゃうんですのよね、コレガッ。
     ほんでもよぉ、どーして東村山ってね。こんだけみんなで一生懸命作ってるはずのイベントがやっぱり東村山テイストになっちゃうんでしょうかしらね。ま、私が鈍感力のありすぎるヂヂィだからかも知れませんけどね。その発想に10点差し上げたいっ!!ってぇシロモノが、AOBAバァバァーズを除くってぇとヒトッツもナイんですのよねーっ。ココはもーね。発想力だけに特化したシンクタンクでも作っとかないと、このまま永遠に何をやっても変わらない町になりそうなんですのよねーっ。
     やっぱアタシャね。東村山の未来のためにも、死んでも「まちジャムはすばらしかったよーおっ」とだけは言いたくないんですのよね。もし言わせたかったら、曲学阿世のスットコ爺さんも「へぇぇぇっ!!」「おおーっ、ヤルじゃん!!」「来たかチョーさんマイケル・ホイ!!」てぇ思うようなことをやってみろってんだっつーのっ。
     とゆーよーな感じぃ、でゴザイマシタ。

    『まちジャム』011


    |07-26|イベントコメント(0)TOP↑
    「第52回東村山市民産業まつり」「どんこい祭'13」ポスター

     つーわけで、今年も『第52回東村山市民産業まつり』と『どんこい祭’13』を覗いて見てまいりました。つってもね、今年は土曜日には行く機会を逃しちゃって、日曜日のほうは王白姫がオトト屋さんのお手伝いにアガッたので、母を訪ねて三千歩のウッサい犬のお守りの野暮用がございましてね。トータルでは3時間ぐらいしかいなかったんですけど、駆け足でアチコチ見さしていただきました。
     日曜日は朝っぱらから、毎度お馴染みの只管拾糞修行の会『第61回ドッグウォークin東村山』がございましてね。準備しているみなさんを尻目にツンタカ回ってまいりましたけど、例年だとアンですのよね、富士山がチョロッと見えることで有名な第三天王橋のアタリで、いつも曳かれていく祭囃子の賑やかな山車に出っくわして、ああ、今年もやって来たんだいねぇと感慨にフケッたりするんですがね。今年は来るのがヤケに遅くて、天王橋のところでの休憩時間に祭囃子が風に乗って聞こえてくるばかりでありました。

    市民産業まつり&どんこい祭01

     で、『ドッグウォークin東村山』のひみつ道具を事務所に置きに行って、下駄履き散らかしエステに戻って来たら、牢名主の王白姫が出陣の前に腹ごしらえがしたいものじゃと言い出しましてね。早速会場へ走って物色してみたんですけどね。もーね、ココからが運命の分かれ道、生きるか死ぬかの決戦場なんでございましてね。アンでかってね、ここ数年、運が悪いとゆーか、誰も文句を言わないとゆーか、東村山のお祭りの食い物ではさんざんな目に遭っておりましてね。某店さんの冷たい創作うどんがゴムひもみたいだったり、某店さんのお好み焼きが紙粘土みたいだったり、某店さんのジャンボたこ焼きが運動会の玉入れの玉みたいだったりしたんだっつーのっ。
     ま、あったかいうどんだったらハズレはないと思うんですけど、アツアツ言いながら250m持って歩くのもアンですので、エイッ、ママよパパよと、佐藤水産さんの『たこ焼き』、生活クラブ デポー東村山さんの『肉まん』、けんたろう3000さんの『チキンケバブ』をチョイスして、切腹覚悟で家路をたどりました。ソレがぜーんぶね、うまかっちゃんだったんですのヨッ。

    市民産業まつり&どんこい祭02

     東村山に住んで20年、これほどうれしかったことはありません。もーね、マズイもんを1つも引き当てなかったというだけでね、今年のお祭りはもうこれで十分ですわよね。なーんか運が向いてきましたかしらね。もしかしたらドリームスタンプの抽選会で4等の3千円ぐらいは当たるかもしれないわよーっ!! つーか、東村山商工会じゃドリームスタンプを「集めてお得な第2の通貨!」って言ってますけど、んなあほなね。行きつけの店のほとんどが加盟店じゃないから、100年経っても400枚なんて集まらんのじゃっ。
     それはともかく、ほんならね、ドッグウォークで早起きしたことだし、今日はもう閉店ガラガラで、事務所に帰って夕方までひと寝入りしましょうかの、と思ったら、それじゃ治まらないのが犬のガキめらでございましてね。「オカーチャンが行ってるなら僕も行くゥ」と2匹揃って駄々っ子犬でございましてね。よっこらしょっとドッグカートを押して出かけました。んでもくさっ、王白姫がお手伝いしてるのは食い物屋でございますからね、イヌは中に入れませんのよね。ちょっと寄ってはみたものの、仕方なくあっちウロウロ、こっちウロウロね、会場内を散策してみることにいたしました。

    市民産業まつり&どんこい祭03

     んー、今年もやっぱりタイムマシーンに乗って1年前に遡った感じですわね。なーんでこうも前例を踏襲するんでございましょうかしらね。人間以外はレーザーホログラムでもいいんじゃないかしらね。ま、ステージの演目には多少目新しいモンもあったようですけど、アタシの知人はてっきり今年もカラテカやエスパー伊東みたいな地元出身のタレントが来るもんだとばっかり思ってて、フタを開けたら東村山に縁もゆかりもない、誰も知らないような八王子・所沢・町田のご当地アイドルのショーをやるんだと聞いて、たいそうプンプカご立腹でございました。
     いや、もー、アタクシの印象としましてもね、今年の祭りの主役の座はぜんぶアルパカに持っていかれた感がございましてね。シューベルトじろ吉のほうはそうでもないんですけど、COCOもび郎のほうが耳が立っていてアルパカに似てるなんてよく言われたりなんかしますんで、ま、前にも赤城クローネンベルクでご対面済みなんですけどね、せっかく東村山に来たんだからここはヒトツ逢わせとくしかないと思って、何回か行っては見るんですけどアルパカの周囲だけ大混雑でございましてね。最後のほうでチョロッと逢えたんですけど、別に感動のご対面でもナンデモありませんでした。

    市民産業まつり&どんこい祭04

     ところで、今回のお祭りで、私がぜひ見ておきたいと思ったプログラムが2つございましてね。それはいずれもステージでおこなわれる『ヒガシムラヤマン・ミュージカル』と、『どんこい祭フィナーレ』のなかの東村山フラッシュモブズの『民衆の歌』でございました。
     『ヒガシムラヤマン・ミュージカル』のほうは、ヒガシムラヤマンを演じているK氏からの出演依頼をやむなく断ったという経緯があり、『民衆の歌』のほうは、1度は見に行きたいと思っていた練習日に1度も行けなかったという事情があり、こりゃ見とかないとマズイと思ったワケでございましてね。あいにく『ヒガシムラヤマン・ミュージカル』のほうは時間が調整できなくてパスしちゃったんですけど、『民衆の歌』のほうは最初から最後までシッカリ見させていただきました。
     んでも、ネット社会つーものはホントにアリガタイもんでございまして、Facebookの「東村山フラッシュモブズ」のページで『どんこい祭』の動画が公開されておりましてね。いちおー私も参加してないくせにメンバーにしていただいているので、『ヒガシムラヤマン・ミュージカル』の限定公開の動画も見ることが出来ました。

    市民産業まつり&どんこい祭05

     してからにっ、私が観た感想はどーだったかと言いますとね。んー、やっぱアレでございましてね。ハッキリ言ってね、どーしてソコで満足しちゃうんでしょうかしらんと、こんだけ大勢の人たちの目の前で何かを表現できる機会ってそぉはないと思うのに、どーして自分たちの価値を自分たちの価値観のなかだけに閉じ込めちゃうんだろうかと、どーして新しい価値を生み出そうとしないんだろうかと、ソコントコがホントにもったいないっ、もったいないなぁと思ってしまうワケでございましてね。
     私は出来不出来を言ってるんじゃございませんのでしてね。それに、東村山に対する熱い思いもホントによくわかるんですのよ。んだけんどもよぉ、この2つのパフォーマンスはほかの演目とは違って、「東村山を変えよう!!」という町沸かしのパワーから出発しているワケだし、今までになかったスンバラシイ可能性を秘めているのは間違いないと思うんですのよね。つーか、私は関係者の方々との交流が多少はあったりして、ものすごく悩んで悩んで悩んで試行錯誤しながらやってるのを知ってるだけにね、その迷いみたいなもんがナーンカ悪い形で出てきちゃってる気がしてしょうがないんですのよねーっ。

    市民産業まつり&どんこい祭06

     あのね、まずは『ヒガシムラヤマン・ミュージカル』でございますけどね。改めてね、ミュージカルというものはいったいなんなのだろうと、ヒッジョーに深く考えさせる内容でございましたわねぇ。赤チームのリーダーがしつっこいぐらいに自虐ネタを連発してましたから、ドナタ様も先刻ご承知のことと存じますのでソコには触れませんけどね。んでもくさっ、もーちょっとナントカならなかったもんでしょうかしらね。
     あのね、ドタバタなのはぜんぜんイイんですのよ。いただけないのはメチャクチャなくせに体裁だけは整えようとする小市民根性でございましてね。教会のキリストの壁画を勝手に修復しちゃったスペインのおばあさんじゃありませんけど、糊塗すればするほどヒドクなっていくのは自明の理でございましてね。もっともっと辻妻の合わないスラップスティックでいいから、戦隊ヒーローという固定観念をぶっ壊してでもいいから、観客が思わず驚いて立ち上がっちゃうような、予想外のイリュージョンを見せてほしいんだっつーのっ。イカにもタコにもの想定内パフォーマンスじゃね、ダーレも東村山が変わったって言ってくれないんスよね。

    市民産業まつり&どんこい祭07

     そりゃ、ま、期待値を超えるモノを作るためには、ソレナリの仕掛けっつーもんが必要だとは思うんですけどね。理想を言えば、キチンとした台本なり脚本なりを作って、オケイコも重ねるっつーことですけど、それがムリだってゆーんならね、いっそのことヒガシムラヤマン以外も全員カブリモノにして、セリフはビフォレコの口パク仕様でいいから、何が言いたいのかワカルものにしていだだけないですかしらね。
     なーんでいっつも土壇場になって決めて土壇場になって用意して見切り発車ばっかりしてるんでしょうね。つーか、ミュージカルって聞いて期待したアタシが世界でいちばんバカだったってことなんでしょうけどね。渡部尚市長がザ・グレート・カブキの扮装で出て来たらそれだけで十分だったのにね。来年の『どんこい祭’14』まではあと1年もあるんスからっ、今からでも決して遅くはないから原隊復帰して、逆賊としての汚名を雪いでもらいたいですわねーっ。

    市民産業まつり&どんこい祭08

     で、問題は『民衆の歌』なんでございますけどね。ま、人数が少ない割には全員用のマイクがないから、合唱としての迫力に欠けるという部分はございましたけど、コンサートの一部がちょっと変わった演出で披露されたんだと思えばね、それはそれでヨカッタとは思うんですけどね。やっぱフラッシュモブの原点から言えば、コンサートではなく野外劇のカテゴリーとして云々されるべきだと思うんですけど、となるとね、やっぱり決して10点差し上げるってぇわけにはいかない気がするんですのよね。ナーンカ4畳半で練習してたのを東京ドームで見せちゃったようなね、演出のスケールがちぐはぐになってるようなところがございましてね。
     最初、ハーメルンの笛吹きを思わせる一団が、ジェンカ(ホントはこの選曲もどーかと思いますけどぉ)を奏でながらやってくる。ソレはソレでなかなか面白かったし、それがいったいどうやって『民衆の歌』に移行していくんだろうと思ってとっても期待しました。きっと、何か観客をアッと驚かすような衝撃的な演出があって、しばらくの沈黙の後、民衆の1人が静かに歌いだして、それをきっかけにした大きなうねりが湧き上がってクライマックスに導かれていくと。でも、実際はちっともそうではなくて、なーんかメリハリもないまんまにアッという間に終わってしまいました。

    市民産業まつり&どんこい祭09

     んーとね、ちょっとだけ弁護しときますとね。このレ・ミゼラブルの『民衆の歌』ってね、YouTubeなんかにもプロの方々がアンサンブルで歌ってる動画がたくさんありますけどね。そのプロの方たちが歌ってる動画でさえ、ソコだけをピックアップしてある動画って、ナーンカちぐはぐだし迫力不足なんですのよね。確かにこの歌は『レ・ミゼラブル』というミュージカルの主題歌ではあるんだけど、あくまでもミュージカル全体の一部品であって、単体で切り離しちゃうとアンパンのヘソだけみたいになっちゃうんですのよね。
     だいたい、この歌の背景にはフランス革命という途轍もない歴史の大波が渦巻いているわけですけど、われわれ極東のイエローモンキーには、そもそも革命とか亡命とかがイメージしにくいんですのよね。しかもぉ、この歌はフランス国歌に準ずる純然たる革命歌であって、日本人の好きな愛だとか恋だとか、お涙ちょうだいの物語だとか、人や自然への郷愁が歌われているわけでもなく、舞台や映画を見た経験のある人以外には伝わりにくいテーマなんですわね。

    市民産業まつり&どんこい祭10

     もし、本当の意味でのこの歌の真価を実演の場で伝えたいなら、結果的にさまざまな思いがこの歌で初めて昇華されるような、相当念の入った演出が施される必要があるんだと思います。私のイメージとしては、やっぱり昼間よりは夜ですわね。それも、できれば歴史を感じさせるような空間、正福寺や八坂神社で薪能のようなかたちで上演できれば最高なんですけどね。
     もちろん、この歌を際立たせるイメージを事前に観客の頭に徹底的にインプットする演出が必要不可欠だとは思いますけどね。それは何もレ・ミゼラブルになぞらえたものである必要もないんでございましてね。その題材は東村山の歴史や、もっと古い、例えば日本で最初のクーデターと言われる『乙巳の変』に求めてもいいんだと思います。いや、そもそもね、革命歌っていうのは文字通り革命の成就を喜ぶ歌なんだから、本当の意味での市民の意識革命を東村山で起こせた時にこそ、歌われるのがもっともふさわしい歌われ方なんですけどね。そんな日がいつ来るの!? 林修先生が今年の流行語大賞をとるかどうかはわかりませんけど、やっぱり東村山の流行語大賞は今年も「ムリでしょ!!」で決まりですかしらね。

    市民産業まつり&どんこい祭11

     つーか、『どんこい祭』なんかだとキャッチコピーに「東村山の最高のお祭り」と書いてあるわけですけどね、そりゃある意味そぉなんでしょうよ、東村山じゃ最高なんでしょうよ。でも、どうしてソコを物理的にも意識的にも東村山に限定しちゃうんだっつーのっ。
     ウィリアム・スミス・クラーク博士は「少年よ大志を抱け(Boys be ambitious!)」と言いましたし、
    スティーブ・ジョブズ氏は「満たされるな、貪欲であれ(Stay hungry,Stay foolish)」と言ってますし、コンゴ民主共和国のことわざには「世の中はヤギの金玉のようなものだ」というのがありますしね。どーして面積で言えば日本全体の2万2千分の1でしかない東村山のナカだけで満足しちゃうんでしょうかしらね。
     『東村山市民産業まつり』や『どんこい祭』がその歴史とともに培ってきた価値も、もちろんゼッタイにあるとは思いますけどね。J:COMチャンネルの『ジモトピたまろくと』なんかで紹介されているのを見てるとね、やっぱ日本中のドコにでもあるマネッコの祭典の1つにしか見えないんですのよね。「東村山の最高のお祭り」じゃなくてね、「宇宙で唯一無二のお祭り」を建前でもいいからめざしてみるのが心意気ってもんじゃござんせんかしらね。

    市民産業まつり&どんこい祭12

     ま、『ヒガシムラヤマン・ミュージカル』のほうは、このままじゃ深井戸の金魚で救いようのない感じもしますけど、ヤッパ『民衆の歌』のほうはね、このままで終わったら悔しくありませんかしらね。
     アタシャね、このブログを見たいろんな方から、ま、実際にはもーちょっとソフトにですけど、「よくもまぁ、厚顔無恥なことをイケシャアシャアと書けますね」とよく言われるんですけどね。それはどうしてかってぇと、失敗が着物を着て歩いているといっていいくらい、今までさんざんイロんなことをやって失敗してるからだと思うんですのよね。昔はね、失敗するたんびに悩んで落ち込んでたワケですけどね。もうお迎えが近いもんだから悩んでる暇もないんですのよねーっ。
     今、東村山で地域の活性化に取り組んでらっしゃるみなさんつーのは、ほとんど私より若いワケですけどね。ナーンカ私が若い頃にたくさんいた、トンデモナイ馬鹿をやる人間がいつの間にかいなくなった気がするんですのよね。ここはヒトツ、ハナ肇とクレイジーキャッツの『馬鹿は死んでも直らない』でも聞いて、人間がみんな馬鹿だってことを勉強していただきたい気もするんですけどね。

    市民産業まつり&どんこい祭13

     日本にはいろんなお祭りがございましてね。ほとんど毎回死傷者が出る『諏訪御柱祭』とか、警察がわいせつ罪で摘発しかけたけど文部科学大臣の発言でお咎めなし状態になっている『蘇民祭』とか、詳しく説明はしませんけど、金山神社の『かなまら祭り』、大縣神社の『姫の宮祭り』なんかはね、もし現代の日本でそんな祭りを新たに始めようとする人がいたら、寄ってタカッて止められると思うんですけど、古いヤツだけが「伝統文化だから」ということで許されちゃうんですのよね。
     アンにしても、現代社会に何等かの問いを投げかけるのがイベントの原点とゆー気もするんですけどね。最近のイベントはそうじゃないのがあんまりにも多すぎますわねーっ。
     ンナコト言いながら私はね、東村山のお祭りで何がいちばん好きかってゆーとね。食い物屋でもショップでもイベントでもパフォーマンスでもなくてね。あの、終わったあとに各町内の山車がお囃子を奏でながら夕日を浴びながら帰っていきましょ。アレをただそこはかとなく眺めてるのが好きなんですのよね。それはやっぱりあの祭囃子付きの山車だけがかろうじて祭りの形態を補完していて、引かれ者の小唄のような哀愁を醸し出しているからかもしれませんわね。

    市民産業まつり&どんこい祭14

     やっぱりアレでございましてね。お祭りにはシンボルみたいなものが必要だと思うんですけどね。『東村山市民産業まつり』にしても『どんこい祭』にしても、ナンデモアリだけどやるだけやったんさいのゴッタ煮でございましてね。ぜーんぶが単発企画の寄り合い所帯だから、「つながり」以外の共有できる未来志向性がないから、典型的な地方都市のお祭りになっちゃってて、ズドーンと来るものがマルッキシないんですのよね。せめて市長と市議会議員の土下座コンテストでもやればね、もうちょっと提灯持ち以外のマスコミも取材に来てくれると思うんですけどね。
     これはやっぱりもーね、東村山市北西部のドッカにあるという幻の『龍穴』を掘り当てる旅に出るしかないんざんすかしらね。東村山なんてね、定石通りに勝負したらゼッタイ負けるに決まってるんだってばヨォ。んだからこそ、アタシャ独自性を持たなきゃいかんと口を酸っぱくして言ってるんだっつーのっ。なーんかソノね、今までは誰も思い付かなかったけど、チョロッと視座や発想を変えてみることで、「あーら、こんなトコにあったの!?」ってゆー秘策がね、ぜったいドッカに埋まっていると思うんだわん。
     もび郎とじろ吉がそぉゆっておりますのヨッ。

    市民産業まつり&どんこい祭15



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